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 マスターが喫茶店へ移動した後、ツカサがカナタを迎えに来る。  それまで、カナタは着替えを済ませて部屋で待っていなくてはならない。  それこそが本日、デートをするための最低ミッションだ。  よく眠れたのか、今朝のツカサは一段と清々しく、そして晴れ晴れとした顔でカナタを見つめていた。 『マスターが出て行ったら、迎えに来るから。それまで、部屋からは絶対に出ちゃダメだよ?』  未だにカナタは、ツカサ以外の誰かに自分の好きなものを打ち明けられていない。  そして未だに、カナタはマスターにすら打ち明ける勇気を持てていなかった。  今日のデートは、カナタが好きな可愛い服を着る。  ……つまり、女物の服だ。  いくら【女装】ではなく【可愛い服を身に纏うこと】が本命だとしても、周りから見れば十分な女装癖だろう。  そうと分かっているツカサは、カナタの唯一にして最大の不安を払拭するため、一時的に別行動を取っているのだ。  着替えを終えたカナタは一度、姿見の前に立った。  そのまま、ポツリと呟く。 「オレ、本当にこの服で町を歩くのかな」  自分の姿を見下ろしながら、カナタは思わずため息を吐いた。  白いブラウスと、胸元を飾る赤く細いリボン。  黒いスカートは膝下まであり、極力肌を露出しないよう、二―ソックスを穿いている。  視界に映っているのは、女装をした自分の姿。  カナタは頭を抱えて、姿見の前で悶え始める。 「今までは一人で楽しんでいただけなのに、ヤッパリいきなり外なんてハードルが高すぎるっ!」  結局のところ、カナタは一度も女装姿を他人へ披露したことがなかった。  それは当然、ツカサにもだ。  この、二ヶ月。  ツカサはカナタの女装癖を知ってはいたものの、着せようとはしなかった。  ……いつも、着替えようとする段階で情事へと発展したからだ。  つまり、今回はなにもかもが初めてのパターン。  カナタがこうして、第三者からは必要以上と思われるほど緊張するのも、無理はないだろう。 「どっ、どうしよう、どうしよう。ヤッパリ、普段着に着替えようかな? 今ならまだ、間に合う……よ、ね?」  カナタは急いで着替え直そうと、別の服を探す。  最悪、ツカサには『しばらく着ていない間に太ったみたいで、サイズが合わなかった』とでも言おう。  そんな言い訳を考えながら、カナタは適当な服を探す。  ──しかし。 「──カナちゃん、入るね~!」 「──うわぁ!」  ──僅かばかり、踏ん切りを付けるのが遅かった。  ツカサがノックもせず、カナタの部屋へ入って来たのだ。  カナタは慌てて、扉の方へ目を向けた。 「なっ、なんで……っ? いっ、いつも、ノックしてくれるのに……っ!」 「なんか、一秒でも遅れたら負けな気がしたんだよねぇ」  ツカサの視線が、カナタの手へと注がれる。 「ホラ、ヤッパリ」  カナタの両手には、新たに着替えようと思っていた男物の服が握られていた。  すぐにツカサは、クローゼットの前に立ち尽くすカナタへ近寄る。  ツカサはカナタの手にある服を見た後、ニッコリと微笑む。 「カナちゃん? 今日は女の子の服を着て、俺とデートをしてくれるって約束したよね? なのに、その服はいったいなにかなぁ?」  ツカサは、笑顔だ。  だがその表情には、どう見ても【解放】の二文字はなかった。

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