79 / 289

5 : 15

 終始ご機嫌なツカサは、頬杖をつきながらカナタを見つめた。 「約束だよ、カナちゃん。……あっ、誓いの証に指きりしよっ? ウソを吐いたらげんこつを万回と、針千本と、指を切るのと……色々用意しなくちゃいけないけど、でもカナちゃんはウソを吐かないから、なんの心配もないよねっ。だから、針千本は用意しないよっ」 「ありがとう、ございます……っ」  どことなく物騒なことを言われた気がするけれど、カナタは深く考えずに手を差し出す。  指きりを交わした後も、ツカサは上機嫌そうだ。  そこでカナタは、正面に座るツカサへ目を向けた。 「あの、ツカサさん」 「なぁに?」 「せめて、ここの支払いはオレにさせてくれませんか?」  カナタの提案に、ツカサはほんの少しだけ目を丸くする。  それでも、カナタは引かない。 「雑貨とか、コーヒー豆とか、服とか、全部。なにひとつ、オレにお金を払わせてくれなかったので」  多大な、申し訳なさ。  そこにほんの少しだけの、恨みがましさを混ぜて。  カナタは正面に座るツカサを、ジッと見上げる。  カナタが言った通り、ツカサはただの一度も、カナタの財布を開かせなかった。  最初に寄ったカフェ然り、それ以外の店然り。全ての支払いを、ツカサは一人で済ませてしまったのだ。  カナタの当然すぎるお願いのような提案に、ツカサはと言うと……。 「ヤダ」  取り付く島の影すら見せなかった。  ツカサは考える間すら見せずに、即答したのだ。 「先ず第一に、年下に払わせるなんてマネしないよ。みっともない。それに、俺はカナちゃんの彼氏だしね。ちょっとくらい見栄張らせてよ」  それだけ言い、ツカサはストローを使い、アイスティーをクルクルとかき混ぜる。  その動作は、どことなく子供っぽかった。  それでも余裕そうな態度を見せるツカサを、カナタは変わらずジッと見上げていた。 「それは、釈然としません。……ツカサさんはオレのこと、女扱いしすぎです」  ポツリと、文句のようにこぼれた言葉。  その言葉を、ツカサはすぐさま拾い上げた。 「──俺、カナちゃんのことを女の子扱いしたことは一度もないよ?」  ──カナタにとって、予想外の言葉と共に。  思わず、カナタは目を見開く。ツカサの言葉に驚いたからだ。  ツカサは依然としてアイスティーをかき混ぜながら、言葉を続けた。 「確かに俺は、カナちゃんのことを『恋人』って言ったことはあるよ? だけど『彼女』って言ったことはないはずだけど?」 「それは、そうですけど。……でも、オレに女の子の服とか着せたがるじゃないですか?」 「だって、カナちゃんはそういう服が好きなんでしょう? 俺はただ、カナちゃんの好きなことを好きなようにしてもらいたいな~って思ってるだけだよ。それに、好きなことをしているときって一番表情が華やぐでしょう? 俺はそんなカナちゃんが見たいだけ」  その返答は、ツカサにとってなんてことない本音なのだろう。  そしておそらくツカサにとってこの問答は、雑談と大差ないのだ。  しかし、カナタにとっては……。 「──それって、つまり……ツカサさんは、純粋に【そのままのオレ】を【尊重してくれている】ってことですか?」  どこか、予想外の答えだったのだ。  心のどこかで、揶揄われていると思っていた。  頭の片隅で、面白がられていると思っていたのかもしれない。  初めから、ツカサはカナタのことを丸ごと認めてくれていた。  そのことを、カナタは何度も何度も気付いていたつもりでいたのだ。  けれど、違う。  ──カナタは心のどこかで、ツカサのことを信じ切れていなかった。  ──ツカサの言葉を、戯れのようなものだと思っていたのだ。  驚くカナタに向かって、ツカサは顔を上げる。  そしてやはり、あっけらかんと答えるのだ。 「初めからずっとそのつもりだけど、それがどうかした?」  ──ドクリ、と。  カナタの中に在る、正体不明の感情が。 「……っ?」  ……ようやく、カナタ自身に名前を明かしてくれた気がした。

ともだちにシェアしよう!