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終始ご機嫌なツカサは、頬杖をつきながらカナタを見つめた。
「約束だよ、カナちゃん。……あっ、誓いの証に指きりしよっ? ウソを吐いたらげんこつを万回と、針千本と、指を切るのと……色々用意しなくちゃいけないけど、でもカナちゃんはウソを吐かないから、なんの心配もないよねっ。だから、針千本は用意しないよっ」
「ありがとう、ございます……っ」
どことなく物騒なことを言われた気がするけれど、カナタは深く考えずに手を差し出す。
指きりを交わした後も、ツカサは上機嫌そうだ。
そこでカナタは、正面に座るツカサへ目を向けた。
「あの、ツカサさん」
「なぁに?」
「せめて、ここの支払いはオレにさせてくれませんか?」
カナタの提案に、ツカサはほんの少しだけ目を丸くする。
それでも、カナタは引かない。
「雑貨とか、コーヒー豆とか、服とか、全部。なにひとつ、オレにお金を払わせてくれなかったので」
多大な、申し訳なさ。
そこにほんの少しだけの、恨みがましさを混ぜて。
カナタは正面に座るツカサを、ジッと見上げる。
カナタが言った通り、ツカサはただの一度も、カナタの財布を開かせなかった。
最初に寄ったカフェ然り、それ以外の店然り。全ての支払いを、ツカサは一人で済ませてしまったのだ。
カナタの当然すぎるお願いのような提案に、ツカサはと言うと……。
「ヤダ」
取り付く島の影すら見せなかった。
ツカサは考える間すら見せずに、即答したのだ。
「先ず第一に、年下に払わせるなんてマネしないよ。みっともない。それに、俺はカナちゃんの彼氏だしね。ちょっとくらい見栄張らせてよ」
それだけ言い、ツカサはストローを使い、アイスティーをクルクルとかき混ぜる。
その動作は、どことなく子供っぽかった。
それでも余裕そうな態度を見せるツカサを、カナタは変わらずジッと見上げていた。
「それは、釈然としません。……ツカサさんはオレのこと、女扱いしすぎです」
ポツリと、文句のようにこぼれた言葉。
その言葉を、ツカサはすぐさま拾い上げた。
「──俺、カナちゃんのことを女の子扱いしたことは一度もないよ?」
──カナタにとって、予想外の言葉と共に。
思わず、カナタは目を見開く。ツカサの言葉に驚いたからだ。
ツカサは依然としてアイスティーをかき混ぜながら、言葉を続けた。
「確かに俺は、カナちゃんのことを『恋人』って言ったことはあるよ? だけど『彼女』って言ったことはないはずだけど?」
「それは、そうですけど。……でも、オレに女の子の服とか着せたがるじゃないですか?」
「だって、カナちゃんはそういう服が好きなんでしょう? 俺はただ、カナちゃんの好きなことを好きなようにしてもらいたいな~って思ってるだけだよ。それに、好きなことをしているときって一番表情が華やぐでしょう? 俺はそんなカナちゃんが見たいだけ」
その返答は、ツカサにとってなんてことない本音なのだろう。
そしておそらくツカサにとってこの問答は、雑談と大差ないのだ。
しかし、カナタにとっては……。
「──それって、つまり……ツカサさんは、純粋に【そのままのオレ】を【尊重してくれている】ってことですか?」
どこか、予想外の答えだったのだ。
心のどこかで、揶揄われていると思っていた。
頭の片隅で、面白がられていると思っていたのかもしれない。
初めから、ツカサはカナタのことを丸ごと認めてくれていた。
そのことを、カナタは何度も何度も気付いていたつもりでいたのだ。
けれど、違う。
──カナタは心のどこかで、ツカサのことを信じ切れていなかった。
──ツカサの言葉を、戯れのようなものだと思っていたのだ。
驚くカナタに向かって、ツカサは顔を上げる。
そしてやはり、あっけらかんと答えるのだ。
「初めからずっとそのつもりだけど、それがどうかした?」
──ドクリ、と。
カナタの中に在る、正体不明の感情が。
「……っ?」
……ようやく、カナタ自身に名前を明かしてくれた気がした。
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