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不安気なツカサの瞳に、カナタの顔が映る。
「あっ、えっと……っ!」
それすらも気恥ずかしくて、カナタは素早く、ツカサから視線を外した。
「そっ、そうかも、しれません……っ。オレ、こんなにいっぱい歩いたの……はっ、初めて、だから……っ」
我ながら、厳しくも苦しい言い訳だ。
しかし、常日頃カナタのことを『信じている』と言うツカサは、カナタの言葉を素直に受け止めたらしい。
「へぇ、そうなんだ! じゃあ、カナちゃんの【初めて】を俺が貰っちゃったんだね! そう思うと気分がいいな~っ」
歌うように言葉を紡いだツカサが、グラスを持ち上げた。
そのままストローに口を付けるツカサを見て、カナタはぼんやりと考える。
──ツカサの唇が、触れているなんて……。
「──いいなぁ」
突然溢れた感情が、舌の上を転がり落ちる。
ツカサはストローから口を離し、小首を傾げた。
「アイスティー? 飲みたいの?」
「えっ?」
「今、カナちゃん『いいなぁ』って言ったから。……違う?」
まさか、思っていたことが声になって出ていたとは。カナタは慌てて、首を横に振る。
必死に否定するカナタを見て、ツカサは楽しそうに笑った。
「あっ、もしかして俺がストローに口を付けていたから妬いちゃった感じ? なぁんて──」
ツカサが冗談めかしてそう言うと……。
「──っ!」
カナタは即座に、顔を赤くした。
──まさか、言い当てられるなんて。
そう思った直後に、カナタは『今のは冗談で、ただただ揶揄われただけだ』と気付く。
「ちっ、ちがっ! そっ、そんなっ、そんなわけっ!」
慌ててカナタは、否定の言葉を紡ぐ。
すると、ツカサが一気にアイスティーを飲み干した。
そしてグラスをテーブルに置いた後、ツカサはすぐに立ち上がる。
「カナちゃん、もうちょっとだけ歩ける? 休憩しない?」
「えっ、あ、はい……?」
突然、どうしたのだろう。
そうは思ったが、カナタはツカサに呼ばれるがまま、素直に立ち上がる。
歩き始めたツカサを見上げて、カナタは小首を傾げた。
「もう帰るってことですか?」
財布を出そうとしたカナタの手を制しながら、ツカサは微笑む。
「──デートの終盤に【休憩】って言ったら、行き先なんてひとつしかなくない?」
会計を済ませるツカサは口角を上げたまま、サラリとそう訊き返した。
* * *
──ラブホテルの、一室。
初めて入ったその場所で、カナタは全力を出し、ツカサの胸を押し返していた。
「むりですっ! そんなこと、オレにはできませんっ!」
対するツカサは、全力の抵抗をするカナタをまるで面白がるかのように、ニコニコと眺めている。
「え~っ、酷いなカナちゃん。約束が違わない?」
「こんなことは約束していませんっ!」
場所は、カナタも想定していなかったラブホテル。
カナタはそこで、ツカサに【あること】を強要されていた。
ラブホテルに入ったことはおろか見たこともなかったカナタは、チェックインなどの工程を手早く済ませるツカサに、ただ恐る恐るついて行っただけ。
部屋に着いた途端、カナタは自分が【どういう場所】に案内されたのかを理解したけれど、時すでに遅し。
確かに、カナタはデートの終わりにツカサとセックスすることを約束した。……半ば、強引に。
けれど、まさかわざわざこんな場所でするとは思っていなかったのだ。
しかし、カナタが拒絶しているのは行為そのものではない。
有無を言わさずツカサに用意された【ある物】を、カナタは拒絶しているのだった。
「──コスプレするなんて約束、あの日にしてなかったじゃないですかっ!」
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