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おそらく、新しいアルバイトだろう。
マスターはツカサの方を振り返り「早いのう!」と言いながら、裏口に向かって駆け出した。
二人きりとなった空間で、ツカサはニッコリと笑みを浮かべる。
「新しいアルバイトの子が来たみたいだね。確か、カナちゃんと同じ年だったかな」
「へぇ、そうなんですね。……って、あれ? なんでツカサさんは、新人さんのことを知っているんですか?」
もしかして、知り合いなのか。僅かにモヤモヤとした感情を抱きながら、カナタはツカサを見上げる。
ツカサは自身を見上げるカナタを見つめて、頬を緩めた。
「ちょっと前に、マスターが俺に見せたいものがあるって探していたことがあったんだけど、カナちゃんは覚えているかな?」
それは、ツカサが店内にあるピアノを壊そうとした日のことだ。
確かその日、マスターは茶色い封筒を持っていた。
「その時に見せてもらったのが、面接希望者の履歴書。カナちゃんと同い年で、大学生の男の子だよ」
「そうだったんですね。……でも、オレはその履歴書を見ていないような?」
「それは俺が、マスターに『履歴書が届いたら全部見せて』って言ったからかな。マスターには凄くイヤそうな顔をされたし、本当は俺にも見せたくなかったんだろうねぇ」
ならばどうして、ツカサは『履歴書を見せてほしい』とマスターに言ったのだろう。
カナタがそう訊ねる前に、ツカサはポツリと呟く。
「──でも、良かった。マスター、本当に男の子を採用してくれたんだ。……本当に良かった」
それだけ言い残し、ツカサはキッチンの方へ向かって立ち去った。
残されたカナタは、拭いていない別のテーブルへ向かう。
マスターも言っていた通り、やはり男のアルバイトを募集したのはツカサが原因らしい。
「なんでツカサさんは、男の子のアルバイトを募集するよう、マスターさんにお願いしたんだろう……?」
テーブルを拭きながら、カナタは漠然と理由を考える。
……そして。
ジワリと、妙な不快感がカナタの胸の奥底に染み出た。
「ツカサさんは……年下の男の子が好き、なのかな……っ?」
単純に、女性トラブルが理由かもしれない。
けれど、カナタにはどうしたって拭い去れない不安がある。
──ツカサに『好き』と言われていない。
──ツカサから、明確な好意を伝えられていない、と。
元来、カナタは消極的で内気な性格だ。
それに加えて、自分の趣味を自分自身で否定してしまうほど、自分に対して自信のない男でもある。
そんなカナタが、明瞭な言葉もなしに『自分はツカサに愛されている』と思えるはずがない。
「新しい人にも、ツカサさんは『可愛い』って言うのかな……」
自分で呟いた言葉に、カナタは小さく傷付いてしまう。
思わず、テーブルを拭く手が止まった。
そして、布巾を握る手に力が籠る。
「それは……嫌、だな……っ」
ツカサが、他の誰かにそう言ってしまうのも。
──そう考えてしまう自分自身すらも、カナタは良く思えなかった。
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