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「──今日からお世話になります! リン・ヒシカワです! よろしくお願いしま~す!」
明るい挨拶をしたのは、八重歯の生えた少年だ。
リンは頭を軽く下げた後、すぐに明るい笑みを浮かべた。
リンの隣に立つマスターは、ポンポンと親し気にリンの肩を叩く。
「今日は天気もそんなに良くないからのう。客足は少なめじゃろうから、落ち着いて仕事を憶えてくれい」
「了解です、マスター!」
「おぉ、リンは元気な男じゃのう!」
明るくて、いかにも接客業に向いていそうな好青年だ。
すぐにマスターは、ツカサとカナタの紹介を始める。
「そっちのいけ好かない男がツカサ・ホムラで、こっちの素直でいい子そうな男がカナタ・カガミじゃ」
「なるほどなるほど~! 今ので、マスターの二人に対する好感度がよく分かりました!」
そう言い、リンは人懐っこい笑みを浮かべながら、カナタへ近寄った。
「同い年の子がいるって聞いてたんで、安心です! よろしくお願いします!」
そう言い、リンはカナタに握手を求める。
「あっ、よ、よろしくお願いします。……ヒシカワ、くん」
「リンって呼んでくださいよ! あ、敬語も抜きにしましょうか! 僕もカナタ君って呼ぶからさ! よろしくね、カナタ君!」
「は、はいっ。じゃ、なくて……うん、分かったよ。よろしくね、リン君」
自分とは違うタイプのリンにたじろぎつつ、カナタは握手に応じようと手を伸ばす。
──だが。
「──マスターから先に紹介されたのは俺の方だよ、ヒシカワ君」
──カナタとリンの間に、ツカサが割って入った。
驚いたのは、リンだけじゃない。カナタも同様だ。
けれど、すぐに調子を取り戻したのはリンだった。
「あっ、スミマセン! カッコ良すぎて、挨拶するの躊躇しちゃったんですよね~!」
「そう? それは光栄だね。……だけど、礼節は弁えてほしいな」
「ですよね~っ! 気を付けま~すっ!」
朗らかに笑いながら、リンは敬礼をする。
どうやら、リンは人がいいようだ。そう、カナタは確信する。
一歩間違えると威圧的とも受け取れるツカサの行動に、一切の不快感すら見せていないのだから。
リンはカナタにしたのと同じように、ツカサにも握手を求める。
しかし、ツカサはリンの手に見向きもしなかった。
「お客さんが少ないなら、俺がキミに仕事を教えるよ。……いいよね、マスター?」
訊ねたくせに、ツカサはマスターからの返事も待たずにリンを振り返る。
「先ずは、こっちに来て。最低限憶えてほしいことの説明をしちゃいたいからさ」
「了解ですっ! よろしくお願いしますっ!」
「あははっ。キミ、ちょっとうるさいかなぁ」
事務的なツカサの背へ、リンはまるで子犬のようについて歩く。
そんな二人の様子を眺めて、マスターが深いため息を吐いた。
「はぁあ……っ。前途多難にもほどがあるじゃろうて」
それが、どういう意味の言葉だったのか。
カナタには、マスターの真意がわからなかった。
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