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 ツカサは立ち上がり、ヘラヘラと笑うリンに近寄った。 「いちいちカナちゃんの手を煩わせないでよ。テーブルの拭き方、全然なってない。今すぐ全部やり直して」 「え~っ! ちょっとスパルタすぎじゃないですか~っ?」 「スパルタじゃないよ。現に、さっきカナちゃんだって注意してくれたでしょう。いいから、早くやり直して。最初から、全部」 「えぇ~っ!」  リンがテーブルを拭く様子を、ツカサはまるで監視するかのように眺めている。  そうすると、リンは呆然と立ち尽くすカナタを振り返った。 「どうしようっ、鬼がいるよ~っ!」 「カナちゃんは鬼じゃないよ。ふざけたこと言うならその口、ジャマだろうから縫い合わせようか? 俺、手先とか結構器用なんだよねぇ」 「いや、鬼っていうのはカナタ君のことじゃなくて──」 「俺の前でカナちゃんの話をしないで。その子は俺のだよ」 「理不尽の極み!」  ツカサのカナタに対する言葉は、普段と変わらない。正直に言うと、ツカサから『俺のカナちゃん』として扱われたのは、胸がソワソワする程度には嬉しい。  それでもカナタは、二人のやり取りから思わず目を逸らしてしまった。  ──『いいなぁ』と。  ──つまらない嫉妬心を、抱いてしまったからだ。  床掃除を終えたカナタは、道具を片付けるために歩き出す。  近くに誰もいないことを確認してから、カナタは小さなため息を吐いた。 「二人がしてた、さっきの会話。全然、分かんなかったな……」  それでも、二人は確かに通じ合っていた。  それはつまり、主語がなくても通じ合えるということ。  それほどまでに、今日一日という短い期間だけで、二人は仲良くなったのか。  醜い感情に、カナタは自嘲的な笑みひとつも浮かべられなかった。 「……いいなぁ、リン君」  思い返すと今朝以降、カナタはツカサと会話らしい会話をしていない。  そう気付くとさらにモヤモヤが増して、自己嫌悪を加速させた。 「オレの、バカ」  ツカサに八つ当たりなんて、できやしない。  ましてやリンも、悪くはなかった。  ──悪いのは、公私混同をしているカナタのみ。  カナタは掃除用具を片付けながら、唇をきゅっと引き結ぶ。  すると背後から、カナタのもとへ近付く騒々しい足音が聞こえてきた。 「カナタく~んっ! 僕と少し話さな~いっ?」  リンが、カナタを追いかけてきたらしい。  カナタは慌てて顔を上げて、リンを振り返る。 「いい、けど。掃除は? 終わったの?」  ツカサは、どうしたのか。  するとリンは、なぜか胸を張って答えた。 「ホムラさんはマスターに呼ばれて強制退場したから、今のうちにカナタ君と親睦を深めようと思って! だってさ、ホムラさんがいると雑談のひとつもできないじゃん? あの人、カッコいいけど怖すぎだよ~っ」  厨房で怒っていたマスターの姿を思い出し、カナタは『なるほど』と頷く。 「えっと、それじゃあ……あっ、仕事の話でもする?」 「それはホムラさんから訊くから大丈夫! それ以外で、カナタ君としたい話があるんだよね~っ」 「オレと? なに?」  思い当たる節がないカナタは、リンに向かって小首を傾げる。  すると、リンは人懐っこい笑みを浮かべたまま、カナタに問いかけた。 「──カナタ君って、ホムラさんのことが好きなの?」  まるで子供のような、無邪気さで。

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