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 そして、夜になり。 「カナタ、カナタ」 「はい?」 「あの男をどうにかせい」  マスターはダイニングで、カナタにそう耳打ちしていた。  掃除を終えて、閉店の片づけを全て終えた後。 「オーラだけで人を殺しそうじゃ。このままじゃ、あのどす黒い空気でワシのいたいけで儚い寿命が擦り切れてしまうぞ」  ──リンの首根っこを引いたツカサは終始、機嫌が悪かった。  それは家に戻り、夕食を終えた後も同じ。  ツカサは終始無言で、眉間に皺を寄せていたのだ。  まるで通夜のようなムードの中、カナタとマスターは食事を終えた。  そして今は、食器の後片付けをするツカサの背を見ながら小声で話している。……という状況だ。  カナタは声を潜めて、マスターに訊ねる。 「オレなんかよりも、マスターさんの方がツカサさんの機嫌を取れるんじゃ……」 「バカモン! ワシが話しかけたら、物凄く理不尽な嫌味を言われるのが分からんのか! 死因が【小言】なんて末代までの恥じゃぁあっ!」 「マスターさんっ、しーっ!」  マスターが声を荒げた、その瞬間。 「──二人でなんの話?」  音もなく、ツカサがカナタの背後に立っていた。  カナタが振り返ろうとした、その直前に。 「おぉっと~っ! そろそろあそこであれが始まる時間じゃな~っ! いやぁ、忙しい忙しい~っ!」 「ちょっ、マスターさんっ!」 「それじゃあ二人とも、おやすみなのじゃ~っ!」  マスターが、戦略的撤退をしてしまった。  ダイニングには、カナタとツカサの二人だけ。  ゆっくりと、カナタは背後に立つツカサを振り返る。  すると、ニコリと笑みが向けられた。 「なに? 俺とはできない話?」  口角は、上がっている。  しかし目が、一切笑っていなかった。 「今日のカナちゃんは、いつもよりお喋りさんなんだね? ヒシカワ君とも親しそうに内緒話をしていたし、今もマスターと秘密の話? なんだか俺だけ除け者みたいで寂しいなぁ」  正直、マスターとしていた話ならば教えられる。それはもう、今すぐにでも。  だが、リンとしていた話はできない。  それは、ツカサが相手【だからこそ】できないのだ。  しかしその対応は、この場で最も間違った対応だろう。 「だから、教えて? ヒシカワ君となにを話していたの? マスターとは、なにを話していたの?」  それは、ツカサの目を見たら分かった。  ツカサの冷えた指が、カナタの喉元に添えられる。 「どうしたの、カナちゃん?」  カナタは、唾を飲み込んだ。  喉が上下する僅かな動きすらも把握しようとするかのように、ツカサの手が力を籠める。 「俺はカナちゃんに隠し事なんてしないのに、俺には話せないことをカナちゃんは話していたのかなぁ?」  静かな、恐怖。  その恐怖から逃れるために、カナタは懸命に言葉を探した。 「マスターさんとは、その……っ。ツカサさんが、不機嫌そうだから……気を、紛らわせてあげたいねって話していて……っ」 「へぇ、そう。それじゃあ、ヒシカワ君は?」 「リン君は、その……っ」  首に添えられた、冷たい手。  それはまるで、獲物を捕らえた蛇のようだった。

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