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6.5 : 3
額にある、違和感。
目を覚ました要因でもあるその【違和感】の正体は、至ってシンプル。
「これって、濡れタオル……です、よね?」
「うん……」
おそらくツカサが、カナタの額に載せてくれたのだろう。
……ようやく、カナタは状況を把握した。
額の違和感は、ツカサが用意してくれた濡れタオル。
喉の違和感は、風邪による症状。
体が熱いのも同じく、風邪による症状なのだろう。
カナタは毛布の中でもぞもぞと動き、落ち込むツカサを見つめる。
「濡れタオルのどこが、非人道的行為なのでしょうか?」
もっともすぎる疑問に対し、ツカサは拳を握った。
「カナちゃんの可愛いおでこが隠れちゃうんだよっ? そんなの、美に対する冒涜だよっ! 重罪だよッ! カナちゃんの前髪から覗くおでこが一等可愛いのに、こんな覆い隠すなんてこと……ッ! 非人道的行為以外のなんて形容すればいいのさッ!」
「だけど、ツカサさんが用意してくれたんですよね?」
「そうだよっ、俺だよっ! こんな酷いことをしてごめんね、カナちゃん!」
「いえ、あの。むしろ、ありがとうございます、なのですが……」
ツカサが取り乱している理由も、カナタはようやく把握する。
ツカサはどういうわけか、カナタの額を濡れタオルで隠してしまったことを気にしているらしい。
まったくもって、カナタには理解できない悩みではあるが。
そうこうしていると、不意に。
「ツカサ~、カナタ~! どこにおるんじゃ~!」
マスターの声が、廊下から聞こえてきた。
おそらく隣にあるツカサの部屋をノックしているであろうマスターが、今度はカナタの部屋に近付く。
「ツカサ~、カナタ~! ……おぉ、ここにおったのか!」
カナタの部屋の扉をノックしたマスターは、ガチャリと扉を開ける。
悲し気な顔をしたツカサと、濡れタオルを額に載せたカナタという図。
こうした光景を見て、マスターはすぐに状況を理解した。
スタスタとカナタが寝そべるベッドへ近付き、マスターが口を開く。
「なんじゃ、カナタ。風邪でもひいたのか?」
現状に対してドンピシャな問いだ。もしくは正解とも言う。
マスターはそう訊ねながら、ベッドの上で寝ているカナタに手を伸ばした。
──刹那。
「──触るなッ!」
ツカサが短く大きな声を出し、マスターの手首を素早く掴んだ。
「弱いものいじめなんて、見下げたよマスター。弱っているところにつけ込むなんて、マスターには呆れてものも言えないね。愚劣だよ最低だよ万死に値するよ。いっそのこと、一回死んでみる?」
「それは完全にワシのセリフなんじゃが。ワシ、いたいけな老人。ワシ、弱者。これ、弱いものいじめ」
「うるさいッ! カナちゃんに触るなッ!」
「痛い痛い痛いッ! カナタ、カナタッ! ワシの手首がツカサの握力で切断されそうなんじゃがぁあッ!」
「ツカサさんっ!」
慌てて上体を起こしたカナタは、すぐにクラリと視界を揺らしてしまう。
カナタの異変に気付いたツカサはマスターの手首から手を離し、すぐにカナタの両肩を掴んだ。
「カナちゃんッ!」
ツカサの後ろでマスターが自身の手首に頬擦りをしているが、それは些事だろう。
カナタは自分で思っていたよりも、体調を崩していたらしい。
おそらくいつもと同じようにカナタのベッドに侵入したツカサは、不自然に上がっているカナタの体温に気付いたのだ。
……本人よりも先に体調不良に気付くなんて、完全に異常ではあるが。
「カナちゃん、大丈夫っ? イヤだよ、死なないでッ! カナちゃんが死んだらマスターを殺して俺も死ぬしかないじゃないかッ!」
「なんでワシも道連れ確定なんじゃッ!」
異常な言動が続いていると、果たしてどこからが異常でどこまでが正常なのか。
クラクラと揺れるカナタの頭では、考えられそうになかった。
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