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 どこまでも悔しそうにしているツカサを見て、カナタの胸は空気も読まずに騒ぎ始めた。  ──こんなにも、心配してくれているなんて。  ──これではもっと、ツカサを好きになってしまう。  だが、そんなことを言っている場合でもなければ、考えている場合でもないのだ。  今は一刻も早く、ツカサを喫茶店へ送り出さなくてはいけないのだから。  カナタはヘラリと弱々しい笑みを浮かべて、ツカサへ声をかける。 「ツカサさんがいなくて、オレも寂しいです。だから、寂しい時間はずっと眠っています。目を閉じて、大人しく休んでいます。なので、オレが次に目を開いたとき。そのときに、ツカサさんの顔を見せてほしいです」  ──できれば、笑顔がいいけれど。……とは、言えずに。  ツカサを送り出すためとはいえ、これはあまりにも身勝手な要求だ。  だが、これ以上……そして、これ以下の言葉をカナタには紡げない。  多少大袈裟な表現を使っているとしても、これはほとんどカナタの本心なのだから。  しかし、カナタの言葉でようやく決心がついたのだろう。 「……ごめんね、カナちゃん」  ツカサがようやく、動いたのだから。 「休憩時間になったら会いに来るよ。お昼にはお粥も持って来る。離れている間も、ずっとずっとカナちゃんのことだけを考えているよ」  そう言いながら、ツカサは自身のポケットに手を突っ込んだ。 「なにかあったら、店の方に連絡して? これ、俺の携帯。……電話のかけ方は分かる?」  ツカサがポケットから取り出したのは、スマートフォンだった。  ベッドサイドテーブルにスマートフォンを置くツカサへ、カナタは頷きで応じる。  カナタは、携帯電話を持っていない。  そのことを知っているツカサの優しさが、今のカナタにはどこまでも嬉しかった。  話がまとまったのだと理解したマスターは、これ以上ツカサの機嫌を損ねないようにとカナタの部屋を後にする。  コクリと頷いたマスターに、カナタは瞬きでアイコンタクトを送った。  ──ツカサの機嫌は、任せたぞ。  ──了解です。  そんなやり取りを無言でしたとは気付かず、ツカサは立ち上がった。 「一先ず、朝ご飯を持って来るよ。食欲はないかもしれないけど、薬を飲むためだから少しでも食べてね?」  マスターがいなくなった部屋で、ツカサは先ほどまでとは打って変わり、どこまでも優しい声を出す。  そんなところにも律儀にときめく胸をなんとか落ち着かせつつ、カナタは笑みを浮かべて頷いた。 「ありがとうございます、ツカサさん」  カナタの笑みが、いつもより弱々しかったのかもしれない。  ツカサがまたしても、悲しそうに眉尻を下げたのだから。 「カナちゃん……っ。……俺のこと、好き?」 「……っ」  よっぽど、離れがたいらしい。  ツカサからの無垢な問いに、カナタは一瞬だけ動揺する。  しかしすぐに、カナタは熱以外の理由で頬を赤らめながら、頷いた。 「……大好き、です」 「そっか。……嬉しいよ、カナちゃん」  ツカサはそう言って、小さく笑う。  朝食を用意するために、ツカサは一度、カナタの部屋から退出する。  誰もいなくなった部屋で、カナタはぼんやりと考えた。  ……もしもカナタが、もう少しだけ子供だったのならば。  ──カナタは、ツカサに『眠れないです』と。そう、甘えられたのだろうか。  すぐさま、カナタは首を横に振った。 「仕事の邪魔になるんだから、そんなことを考える必要は……ナシ」  そう呟き、カナタはそっと目を閉じた。

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