110 / 289

6.5 : 8

 食事を終えたカナタは再度、ベッドで寝るようツカサに言いつけられる。  その前に、就寝するための支度は全て済ませて。 「あの、ツカサさん」 「うん? なぁに?」 「こんなことを言うのは少し変な感じがしますけど、ツカサさんは、その……。……オレに、尽くしすぎだと思います」  食事は全て、ツカサが用意してくれた。  それ自体は今に始まったことではないが、問題はそれ以外のこと──就寝の準備についてだ。  汗をかいただろうと、ツカサはカナタの体を温かい濡れタオルで拭いた。  しかし、それだけではない。  ツカサは歯ブラシと洗面器を用意して、まるで母親が子供にするよう、カナタの歯を磨いたのだ。  至れり尽くせりな状況に、カナタは額に冷えた濡れタオルを載せられながら、ツカサを見上げる。  カナタからの言葉に対し、ツカサは口角を上げた。 「俺はカナちゃんが幸せになるためなら、なんだってするよ。……なんだって、してみせるよ」  どこかほの暗い瞳で、ツカサは内なる覚悟を口にする。 「カナちゃんを守るのは、俺の役目だから。俺だけに与えられた特権だから。だから、俺はカナちゃんを守る。カナちゃんを幸せにするためなら、なんでもするよ」  不意に、ツカサは眉尻を下げた。 「それなのに、俺はカナちゃんを守れなかった」  すぐにカナタは、ツカサに対して否定の言葉を紡ぐ。 「そんなことありません。ツカサさんはオレに、もったいないくらい良くしてくれています。それを──」 「──だけどカナちゃんは風邪をひいた」  ピシャリと突きつけられた言葉に、カナタの胸は小さく軋む。  それは、カナタを責めているように感じたからではない。 「カナちゃんを守ることだけが、俺の存在意義だよ。俺の全部はカナちゃんのもので、カナちゃんの全部は俺のもの。それなのに、俺は五体満足でピンピンしている。そしてカナちゃんは、病に伏せている。こんなのおかしいよ。こんなのって、ないよ……っ」  他ならないツカサ自身が、ツカサを責めているからだ。  風邪をひいたのは、カナタの自己責任。  脱衣所や風呂場で、体が冷えることも考慮せずにツカサのことで悶え続けていた【日々の積み重ね】だ。  だが、それをどれだけ主張したところで、ツカサは聞き入れないだろう。  下手をすれば、ツカサはカナタに『気を遣わせた』と思い、ますます塞ぎこんでしまうかもしれない。  表層を撫でたような慰めの言葉なら、いくらでもかけられる。  しかしそんな言葉は、カナタ以外からも伝えられるだろう。  これは憶測だが、仕事中にもマスターやリンがツカサを慰めたはずだ。  ならば、カナタがすべきなのは【慰め】ではない。 「……あの、ツカサさん」  俯きかけていたツカサが、カナタへ目を向ける。  そろそろと、カナタは毛布から手を出した。  その手を、カナタはツカサの膝へ伸ばす。 「──ツカサさん成分を補充したいので、手を繋いでもいいですか?」  ツカサが欲しいのはきっと、慰めではない。  ツカサはいつだって、カナタを欲してくれているのだ。  ──『カナタが欲しい』という、ツカサの想い。  ──『今日だけは素直になってもいいのでは』という、カナタの下心。  そのふたつが、たまたま合致した。  こんなことにも心のどこかで浮かれてしまうのだから、やはり今日のカナタはおかしいのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!