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食事を終えたカナタは再度、ベッドで寝るようツカサに言いつけられる。
その前に、就寝するための支度は全て済ませて。
「あの、ツカサさん」
「うん? なぁに?」
「こんなことを言うのは少し変な感じがしますけど、ツカサさんは、その……。……オレに、尽くしすぎだと思います」
食事は全て、ツカサが用意してくれた。
それ自体は今に始まったことではないが、問題はそれ以外のこと──就寝の準備についてだ。
汗をかいただろうと、ツカサはカナタの体を温かい濡れタオルで拭いた。
しかし、それだけではない。
ツカサは歯ブラシと洗面器を用意して、まるで母親が子供にするよう、カナタの歯を磨いたのだ。
至れり尽くせりな状況に、カナタは額に冷えた濡れタオルを載せられながら、ツカサを見上げる。
カナタからの言葉に対し、ツカサは口角を上げた。
「俺はカナちゃんが幸せになるためなら、なんだってするよ。……なんだって、してみせるよ」
どこかほの暗い瞳で、ツカサは内なる覚悟を口にする。
「カナちゃんを守るのは、俺の役目だから。俺だけに与えられた特権だから。だから、俺はカナちゃんを守る。カナちゃんを幸せにするためなら、なんでもするよ」
不意に、ツカサは眉尻を下げた。
「それなのに、俺はカナちゃんを守れなかった」
すぐにカナタは、ツカサに対して否定の言葉を紡ぐ。
「そんなことありません。ツカサさんはオレに、もったいないくらい良くしてくれています。それを──」
「──だけどカナちゃんは風邪をひいた」
ピシャリと突きつけられた言葉に、カナタの胸は小さく軋む。
それは、カナタを責めているように感じたからではない。
「カナちゃんを守ることだけが、俺の存在意義だよ。俺の全部はカナちゃんのもので、カナちゃんの全部は俺のもの。それなのに、俺は五体満足でピンピンしている。そしてカナちゃんは、病に伏せている。こんなのおかしいよ。こんなのって、ないよ……っ」
他ならないツカサ自身が、ツカサを責めているからだ。
風邪をひいたのは、カナタの自己責任。
脱衣所や風呂場で、体が冷えることも考慮せずにツカサのことで悶え続けていた【日々の積み重ね】だ。
だが、それをどれだけ主張したところで、ツカサは聞き入れないだろう。
下手をすれば、ツカサはカナタに『気を遣わせた』と思い、ますます塞ぎこんでしまうかもしれない。
表層を撫でたような慰めの言葉なら、いくらでもかけられる。
しかしそんな言葉は、カナタ以外からも伝えられるだろう。
これは憶測だが、仕事中にもマスターやリンがツカサを慰めたはずだ。
ならば、カナタがすべきなのは【慰め】ではない。
「……あの、ツカサさん」
俯きかけていたツカサが、カナタへ目を向ける。
そろそろと、カナタは毛布から手を出した。
その手を、カナタはツカサの膝へ伸ばす。
「──ツカサさん成分を補充したいので、手を繋いでもいいですか?」
ツカサが欲しいのはきっと、慰めではない。
ツカサはいつだって、カナタを欲してくれているのだ。
──『カナタが欲しい』という、ツカサの想い。
──『今日だけは素直になってもいいのでは』という、カナタの下心。
そのふたつが、たまたま合致した。
こんなことにも心のどこかで浮かれてしまうのだから、やはり今日のカナタはおかしいのかもしれない。
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