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 ロッカーから出てきたのは、女性店員のために用意されたであろう制服だ。  カナタとリンが着ている制服とは、デザインがほとんど同じ。  違うのは、下がズボンではなくスカートだという点。  それと、もうひとつ。 「女の子の制服は、ネクタイじゃなくてリボンなんですね」  小さなビニール袋に入ったリボンを見て、カナタは呟く。  思わず、カナタはリボンに向かい『可愛い』と言いかけるが、その言葉は寸でのところで飲み込む。  マスターは制服をきちんとハンガーにかけ直し、苦笑する。 「新人が入ったときのためにとクリーニングはバッチリなのじゃがなぁ。今朝、このロッカーを開けた時に裾を挟んでおったのじゃろう。いやはや、うっかりなのじゃ!」 「なにか探し物をしていたんですか?」 「制服のネクタイじゃよ。今朝、リンの奴が忘れてきたと言っておったからな」  物置部屋と化している小さなこの部屋には、備品がところどころに置いてあった。  どうやら、制服関係はこのロッカーにしまい込んでいたらしい。 「もしかすると、もうこの制服も使わんかもしれんのう」  ふと、ツカサがマスターに対し女のアルバイトを募集しないようにと言っていたことを思い出す。  そうなると、確かにこのスカートやリボンは不用品となるだろう。  マスターとツカサはキッチン担当ということもあり、そもそも制服が違う。  そして確実に、リンは着ないだろう。  旅行から戻ってきた後、マスターの嫁が着るかどうかは、分からない。  しかしこれだけの数を取っておく理由は、確かにないのかもしれなかった。 「もうしばらくは置いておくが、荷物が増えてきたらいっそ捨ててしまうのもいいかもしれんな」  ロッカーを閉めようとするマスターが、カナタに向かって手を伸ばす。  カナタは持っていたリボンをマスターに返し、一度、口を開く。  ──カナタの制服を、スカートにしてはいけないのか。  ……当然、カナタはそう訊ねる勇気がない。  好きな服を好きなように着る勇気も、カナタにはなかったのだから。 「そう、ですね。女の子が入らなかったら使わないですし……要らない、ですもんね」  ただただ、曖昧な相槌を打つ。  そんなことしか、意気地なしのカナタにはできない。  ──瞬間。 「あっ」  ──カナタは、デートでツカサと交わした【約束】を思い出した。  ロッカーを閉めたマスターが不思議そうに、突然声を上げたカナタを振り返る。 「んん? どうしたんじゃ、カナタ? 気になる物でも入っていたかのう?」 「えっ? あっ、いえっ! なんでもない、です」 「なんじゃ、おかしな奴じゃなぁ?」  マスターはそう言い、別のロッカーから掃除用具を取り出す。 「ほれ、カナタ。ボーっとしていないで働かぬか」 「あっ、は、はいっ! すみませんっ!」 「リンは忘れ物をするし、カナタはボーっとしておるし、ツカサは相変わらずのクズ人間じゃし、どうなっておるんじゃワシの店は」  ツッコミ要素を与えてくれた会話にも、カナタはなにも言えない。  ……ただ、ひたすらに『どうしよう』と考えることで手一杯なのだから。

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