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呟いた後、カナタは俯く。
まるで、意地を張っているかのように。
そうすると、重力に従うかのよう、汚い感情がボトボトと零れ落ちる。
「オレが、可愛いものを好きだから。そう言ったら、オレが喜ぶと思って……っ。だから、ツカサさんは毎日、オレに『可愛い』って言ってくれるんですか?」
──駄目だ。
理性ではそう思っているはずなのに、感情がついてこない。
突然俯き、らしくないことを言い始めたカナタを見て、ツカサは戸惑い始める。
「カナちゃん? いきなりどうし──」
──刹那。
「──いきなりじゃなくて、ずっとじゃないですかッ!」
ここまで大きな声を。
カナタは、初めて発してしまった。
拳を握り、カナタは八つ当たりのように声を発する。
「なんでっ! どうして、オレのことを可愛がるんですかっ! オレは確かに嬉しかったけどっ、凄く嬉しかったけど、凄く苦しいですっ! こんな気持ちになるならいっそ、可愛がられたくなかったっ! だってオレ、ツカサさんに……っ! だけど、こんな……こんなのって、おかしいから……っ!」
徐々に、カナタの声から勢いが失われていく。
口にすればするほど、理性が仕事をし始めたからだ。
体を震わせるカナタに、ツカサは手を伸ばす。
「カナちゃん、落ち着いて。ホント、いきなりどうしちゃったの?」
ツカサの手が、カナタの頬に触れる。
その手を、カナタは首を振ることで拒絶した。
「なんで、こんな……っ! オレ、今日はツカサさんにこんなことを言いたかったワケじゃないのに……っ」
視界が、ジワリと滲む。
滲んだ視界は徐々に歪み、最終的にはカナタへなにも見えなくさせてしまった。
感情の行き場が分からなくなり、外へ出たいと胸の中で暴れる。
ついにカナタは両手で自身の顔を覆い、まるで悲鳴のように零した。
「──オレ、ツカサさんが好きです……っ。本当に、凄く……いっぱい、大好きなんです……っ。オレは、ツカサさんと両想いになりたいんです……っ!」
情けないほど足りなくなった語彙力で、カナタは吐き出すように気持ちをぶつける。
自責の念は、すぐに湧き出た。
突然部屋に押しかけ、見苦しい女装姿を晒しただけではなく、唐突な糾弾。
ツカサにとっては迷惑以外のなにものでもないと、カナタは分かっていた。
それでも、カナタは抱え込んだ感情の昇華方法が分からない。
どう振る舞えば楽になり、どう振る舞えばノーリスクで元通りに戻れるのか。
カナタにはなにひとつ、分からない。
「ツカサさんにとって、オレがなんなのか分からないんです。だけど、こんなふうに問い詰めるなんて、そんなのは間違っているって……そう、思ったのに……っ! 言いたく、なかったのに……っ! 我慢できなくて、駄目な奴でごめんなさい……っ!」
──悔しかった。
ツカサのように、堂々と自分の考えを主張できない自分が。
──恥ずかしかった。
どう取り繕おうとしても、結局は言い訳になってしまう自分が。
──惨めだった。
それでも、ツカサに【理解】を求めている浅ましい自分が。
「好きです、ツカサさん。『可愛い』だけじゃなくて、オレもツカサさんに『好き』って言われたい。ツカサさんに『好き』って言ってもらえるような男に、なりたい……っ。ツカサさんと、両想いになりたいです……っ!」
歪んだ視界は、頭の中をも浸食する。
自分が、なにを言いたいのか。
なにを伝えたいのかも見えなくなったカナタは、思いつくままの本心をぶつける。
ありのまま、着飾らせることもできずに。
カナタはただただ、ツカサへ気持ちをぶつけ続けた。
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