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ツカサの胸に顔を埋めた状態では、ツカサ相手にカナタの顔は見えない。
それなのに、まるでツカサは見透かしているかのように言葉を続ける。
「確かに、俺はカナちゃんに『好き』って言ったことがないね。……むしろ、よく気付いたね? 俺のことを分かってくれているカナちゃんの言葉が、本当に嬉しいなぁ」
「え……っ」
「あ~、露骨に落ち込んだ声してるっ! もしかしてカナちゃん、俺に『振られた』って思ってる感じ?」
違うのか、と。
カナタは慌てて、顔を上げた。
カナタの瞳に映ったツカサの表情は、言葉と同じく楽し気なものだ。
「今のは、オレのことが『好きじゃない』ってことですか……っ?」
至極当然の問いにも、ツカサは笑みを返す。
──途端に、カナタの両目からは大粒の涙が溢れた。
「う……ぅ、っ」
泣き出したカナタを見て、ツカサは慌て始める。
「わわっ、ごめん! 泣かせるつもりはなかったんだよ、ごめんねっ! 泣かないで、ねっ?」
「むり、です……っ。だってオレ、今……好きな人に、振られて……っ」
一瞬だけ、カナタは期待したのだ。
自分たちは両想いで、ツカサはすぐに『好き』と言ってくれるのでは、と。
しかし、その期待はツカサによって呆気なく打ち砕かれた。
弱いカナタが泣いてしまうのも、道理なのだ。
けれど、ツカサはカナタの背をあやすように撫でる。
……その優しさすらも、カナタにとっては涙を誘うだけなのに。
「優しく、しないでください……っ。オレ、ツカサさんの迷惑になっちゃう……っ」
「ならないよ。カナちゃんに好かれて、迷惑だって思うはずがない。そんなの、俺じゃないよ」
「でも、オレのこと……好きじゃ、ないんですよね……っ? なら、オレ──」
──ちゃんと、諦めます。
カナタはそう、続けるつもりだった。
その言葉を遮ったのは……。
「──ダメだよ、カナちゃん。それ以上は、脅されても言わないで」
当然、ツカサだ。
「あまり言いたくなかったことだけど、カナちゃんが泣くのはもっとイヤだから。……だから、教えるよ。どうして俺が、カナちゃんに一度も『好き』って言ったことがないのか」
そして、ツカサはようやく【本心】を口にした。
「──俺がカナちゃんに『好き』って言わなかったのは、カナちゃんに対する俺の気持ちが【好き】って言葉じゃ足りないからだよ」
カナタを抱き締めるツカサの腕に、力が籠る。
……まるで、一歩たりとも逃がしはしないと言いたげに。
すると、ツカサが不思議なことを口にした。
「──カナちゃんはさ、ウェディングドレスって可愛いと思う?」
要領を得ない会話に、カナタは眉を寄せる。
それでも、カナタはツカサに対して素直な男になってしまった。
「ウェディング、ドレス……? えっと、はい。……可愛いと、思います」
たとえ話が噛み合っていなくても、真意が分からなくても。
ツカサからの問いに、カナタは素直な言葉を返す。
「だよねっ。カナちゃんならそう言うと思っていたよ」
笑みを浮かべて、ツカサはカナタの目元を指で優しく拭う。
それでもカナタの心を覆う不安は、少しも拭われなかった。
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