121 / 289

7 : 8

 ツカサの胸に顔を埋めた状態では、ツカサ相手にカナタの顔は見えない。  それなのに、まるでツカサは見透かしているかのように言葉を続ける。 「確かに、俺はカナちゃんに『好き』って言ったことがないね。……むしろ、よく気付いたね? 俺のことを分かってくれているカナちゃんの言葉が、本当に嬉しいなぁ」 「え……っ」 「あ~、露骨に落ち込んだ声してるっ! もしかしてカナちゃん、俺に『振られた』って思ってる感じ?」  違うのか、と。  カナタは慌てて、顔を上げた。  カナタの瞳に映ったツカサの表情は、言葉と同じく楽し気なものだ。 「今のは、オレのことが『好きじゃない』ってことですか……っ?」  至極当然の問いにも、ツカサは笑みを返す。  ──途端に、カナタの両目からは大粒の涙が溢れた。 「う……ぅ、っ」  泣き出したカナタを見て、ツカサは慌て始める。 「わわっ、ごめん! 泣かせるつもりはなかったんだよ、ごめんねっ! 泣かないで、ねっ?」 「むり、です……っ。だってオレ、今……好きな人に、振られて……っ」  一瞬だけ、カナタは期待したのだ。  自分たちは両想いで、ツカサはすぐに『好き』と言ってくれるのでは、と。  しかし、その期待はツカサによって呆気なく打ち砕かれた。  弱いカナタが泣いてしまうのも、道理なのだ。  けれど、ツカサはカナタの背をあやすように撫でる。  ……その優しさすらも、カナタにとっては涙を誘うだけなのに。 「優しく、しないでください……っ。オレ、ツカサさんの迷惑になっちゃう……っ」 「ならないよ。カナちゃんに好かれて、迷惑だって思うはずがない。そんなの、俺じゃないよ」 「でも、オレのこと……好きじゃ、ないんですよね……っ? なら、オレ──」  ──ちゃんと、諦めます。  カナタはそう、続けるつもりだった。  その言葉を遮ったのは……。 「──ダメだよ、カナちゃん。それ以上は、脅されても言わないで」  当然、ツカサだ。 「あまり言いたくなかったことだけど、カナちゃんが泣くのはもっとイヤだから。……だから、教えるよ。どうして俺が、カナちゃんに一度も『好き』って言ったことがないのか」  そして、ツカサはようやく【本心】を口にした。 「──俺がカナちゃんに『好き』って言わなかったのは、カナちゃんに対する俺の気持ちが【好き】って言葉じゃ足りないからだよ」  カナタを抱き締めるツカサの腕に、力が籠る。  ……まるで、一歩たりとも逃がしはしないと言いたげに。  すると、ツカサが不思議なことを口にした。 「──カナちゃんはさ、ウェディングドレスって可愛いと思う?」  要領を得ない会話に、カナタは眉を寄せる。  それでも、カナタはツカサに対して素直な男になってしまった。 「ウェディング、ドレス……? えっと、はい。……可愛いと、思います」  たとえ話が噛み合っていなくても、真意が分からなくても。  ツカサからの問いに、カナタは素直な言葉を返す。 「だよねっ。カナちゃんならそう言うと思っていたよ」  笑みを浮かべて、ツカサはカナタの目元を指で優しく拭う。  それでもカナタの心を覆う不安は、少しも拭われなかった。

ともだちにシェアしよう!