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ふと、カナタは思い返す。
「それじゃあ、リン君が初めて働いた日の……閉店した後に喋っていた内容って、もしかして……?」
カナタはすぐに、あの日理解できなかった二人の会話を思い出した。
『分かっているよね、ヒシカワ君?』
『分かっていますって! ホラ、セーフセーフ!』
『ギリギリのくせに、なんでキミは笑っているのかなぁ? ……次はないからね』
あれは、そういうことだったのだ。
一人で納得するカナタを見て、リンはニンマリと口角を上げる。
「それにしても、ホムラさんと前よりいい感じだね? いろいろとうまくいった感じかな?」
リンに相談をしたことがあったのだと思い出し、カナタは赤面しつつ頷く。
「……うん。昨日、初めて『好き』って言ってもらえた」
カナタの返事に言葉を返したのは、リンで──。
「──ツカサの奴、やはりカナタに手を出しておったのじゃな」
「「──うわっ!」」
──はなく、マスターだった。
カナタとリンが雑談をしている間に、マスターがそっと近寄って来たのだ。
「マ、マスターさん……っ?」
現れたマスターはなぜか、心底うんざりしたような顔をしている。
「……のう、カナタ。この間の続きじゃが、ワシはアルバイトに女子を採りたかったんじゃよ。じゃがのう、ツカサに止められたんじゃ。その理由が、お主に分かるか?」
てっきり、年下の男が好きだからだと。
カナタは昨日まで、そう思っていた。
マスターの問いに、カナタは首をゆっくりと横に振る。
カナタが本気で分かっていないと理解したマスターは、やはり呆れたような顔をして答えを語った。
「『カナちゃんに変な心配をされたくないから』じゃとよ! 公私混同も甚だしいとは思わんか、カナタ! 奴は面倒で迷惑な奴じゃ!」
マスターの憤り方を見るに、冗談のようには思えない。
……つまり、ツカサは本気でそんなことをマスターに進言したのだ。
憤慨するマスターを見て、リンは楽しそうに笑う。
「もしかしてカナタ君って、カナタ君が思っている以上にホムラさんから好かれているのかもしれないね~っ?」
昨日まで、誰よりも公私混同をし。
そして誰よりもツカサの気持ちを疑っていたカナタは、赤くなった顔を隠すために、そっと俯いた。
──リンとマスターには申し訳ないが、心底嬉しい。
そんな自分の浅ましさに、カナタはほとほと嫌気が差す。
……しかし、昨日ほどではない。
むしろ、どこか心地良いとすら思うくらいだ。
呆れた顔のマスターと、自分が雇われた真相を知って歓喜するリンを交互に見て、カナタはやはり俯いた。
すると、厨房へ向かったはずのツカサがひょっこりと現れる。
「二人共さぁ、カナちゃんの邪魔ばっかりしていないで、いい加減仕事に戻ったらどう?」
「お主に言われたくないわッ!」
「公私混同常習犯なホムラさん、推しますっ!」
「あははっ。カナちゃん以外の人にどんな評価をされても、ビックリするくらい心に響かないねぇ」
笑うツカサは、冗談を言ってはいなさそうだ。
不意に、ツカサはカナタを振り返る。
「カナちゃんもカナちゃんだよ。俺以外の人と幸せになっちゃダメって、昨日言ったでしょう?」
昨晩のプロポーズを思い出し、カナタは赤面した。
「それは──」
「後でお説教。……なんて酷いこと、カナちゃんにはできないや。休憩時間になったら、俺のことをいっぱい甘やかしてね?」
カナタの頭を撫でた後、ツカサは両手をパンと叩く。
「ハイハイ、気持ち切り替えて! もうすぐ開店だよ!」
「だからッ! お主にッ! 言われとうッ! ないわッ!」
「ブーメラン発言のホムラさんも尊敬です! 今日も頑張りま~すっ!」
妙な形で張り切る三人を見て、カナタはそっと、自分の頭に触れる。
カナタはツカサの部屋でしてしまった発言を、そっと思い返した。
そして、顔を上げる。
「今日も、よろしくお願いします」
笑みを浮かべて、カナタは三人に頭を下げた。
顔を上げた後、カナタはツカサに向かってとびきりの笑顔を向ける。
「張り切るカナちゃんも可愛いね」
そう言って笑ってくれる、ツカサのことが。
真っ直ぐすぎて、時々狂気を孕むツカサだったとしても。
不器用なカナタを丸ごと受け止めてくれた、ツカサだからこそ。
「ありがとう、ございます……っ」
カナタは、好きになってしまったのだ。
……それは今、あえてここで言うことではないけれど。
7章【そんなに幸せにしないで】 了
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