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8章【そんなに惚れ直させないで】 1
不肖、ツカサ・ホムラは顔がいい。
ルックスにも恵まれ、なにごとも基本的にはそつなくこなせる。
【天は二物を与えず】とは言うけれど、ならばツカサを創ったのはいったい誰なのかと疑いたくなるほどだ。
そんなツカサは他人との初対面時、いつも同じ目を向けられていた。
──男ならば、羨望。
──女ならば、恋情。
十人十色という言葉はあれど、結局のところ人間はあっさりとふたつに分けることができてしまう。
ツカサがそのことに気付いたのは、小学生の頃。
──担任だった女教師と、性的な関係になった日だった。
男女間にはこうした、特殊な儀式がある。
毎夜代わる代わる男を家に連れ込んでいる母親を見て、ツカサは【男女の営み】というものを知っていた。
もとより身近にあったその儀式が自分のところに舞い込んだところで、ツカサは『あぁ、自分の番か』程度の感慨しか抱かなかったのだ。
男と女が揃えば、おのずと発生する儀式。
そこに深い意味はなく、終わればそれまで。
ツカサにとって【セックス】とは、高頻度で発生するなんてことない遊戯のひとつだった。
小学生の頃から抱いていたその価値観を、間違っていると言う者はどこにもいない。
──人間とは、情欲が骨格を持ち、皮と肉を纏った生き物だ。
そう思っていたツカサだが、それを決して悲観的に捉えたことはなかった。
ツカサはむしろ、周りがそう思っているのだからこの価値観こそが普通なのだと、信じて疑わなかったのだ。
そんな歪んだ少年期と青年期が終わったのは、ある日のこと。
──実の母親に、性の対象として見られた夜だった。
どこか緩んでいた頭のネジが、ツカサの手が届かないところまで飛んで行ったのだ。
気付けばツカサは、家を飛び出していた。
暗闇の中に消えた【頭のネジ】という自身のパーツを、ツカサは探そうともせず。
当てもなく、夜道を駆けていた。
その衝動の名前がなんだったのか、今でもツカサには分からない。
ただ酷く、頭が痛んで。
……ただ酷く、視界が滲んだ。
それから、ツカサが『マスター』と呼ぶ青年と出会うまでの過程を、ツカサ自身はあまりよく覚えていない。
気付けば、見知らぬ女性に声をかけられていた。
『アンタ、いい男じゃないの。うちで客寄せパンダにならないかい?』
今まで羨望や恋情を向けられたことはあったが、それらは全て本人たちが巧妙に隠そうとしていた感情。
こうして、ハッキリと欲望をぶつけられたのは……意外にも、初めてだった。
思えばそれが、ツカサにとって運命の出会いへと繋がるきっかけだったのだ。
見知らぬ女に手を引かれ、見知らぬ男から本当の子供のような扱いを受けた。
虚無的だったツカサがピアノを教わり、失いかけていた──もとより持ってすらいなかった【人間らしさ】を知ったとき。
──ツカサは、出会ったのだ。
『はじめ、まして。……オレは、カナタ・カガミです』
──自らの【運命】と。
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