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互いに好意を伝え合ってから、ツカサは毎日カナタの部屋に寝泊まりしていた。
それは、今晩も同じ。
「カナちゃんが男の子で、俺は幸せだよ」
寝間着姿のカナタを抱き締めて、ツカサは幸福そうに笑みながら続ける。
「カナちゃんが女の子だったら、きっと何度も孕ませていたからね。だから、カナちゃんが男の子で良かったぁ」
「それは、どういう意味ですか?」
ツカサの腕の中で、カナタは身じろぐ。
「ツカサさんは子供、ほしいなぁって思わないんですか?」
「思わないよ」
迷うことなく、ツカサはスッパリと答える。
「子供なんてできたら、カナちゃんの愛情がソイツにも向いちゃうでしょう? それはダメだよ、凄く良くない。カナちゃんが注ぐ愛情は、一滴残らず全て俺のものなんだから。だから、子供なんて要らないよ。……ねっ?」
ツカサにとって、家族とはただただ血が繋がっているだけの他人。
不思議なことに、ツカサとは血の繋がりがないマスターの方が、周りが掲げる【家族】という定義に近い。
血の繋がりもなく、実の両親やマスターよりも断然付き合いの浅いカナタの方が、ツカサにとってはよほど大切な存在だ。
カナタとの間には、なんぴとたりとも割り込ませやない。
たとえそれが、ツカサとカナタが愛し合った結果として生まれ出でた子供だとしても。
カナタは眉を寄せて、ツカサを見つめる。
「それは、子供に嫉妬してしまう。……ということですか?」
「まさか。俺は嫉妬なんてしないよ」
またしても、ツカサの答えはハッキリとしたものだった。
ツカサはカナタの眉間に指先を添えつつ、笑みをこぼす。
「カナちゃんのことを一番に想っているのは、寸分の狂いもなく確実に俺。そして、カナちゃんの一番も俺。だから、嫉妬はしない。よく言うでしょう。『嫉妬は同じレベルの者でしか起きない』って。『嫉妬は、自分が欲しいと思っているものを持っている者にしか向けない』って。だから俺は、嫉妬なんて見苦しいことはしないよ」
「でも、子供に愛情を向けられるのは嫌なんですよね? それは、嫉妬とは違うんですか?」
「全然違うよ。俺は純粋に、カナちゃんの気を引こうとする奴が許せないだけ。自分の恋人にちょっかいをかけられたら、誰だってイヤな気持ちになるでしょう? そういうこと」
カナタの眉間に寄せられた皺を、ツカサは指先で優しくほぐす。
「大前提に、嫉妬は女の持ち物だしね。【嫉妬】を漢字で書いたら分かるでしょう? どっちも女編だよ。だから俺には、生まれつきその感情はないんだよ」
しかし、カナタの眉間にはより深い皺が刻まれた。
「……もしかしてツカサさん、オレのことを揶揄っていますか?」
「まさか! 俺はいつだってカナちゃんに対して正直で誠実だよ!」
それは、ツカサの本心だ。
ツカサがカナタを守り続ける限り、カナタはツカサのそばにいてくれる。
カナタを手元に置くためならば、ツカサはなんだってするのだ。
どれだけ自分とは無縁の感情について問われても、真剣に答えるほどに。
「だからカナちゃんは、そのままでいてね。いい子で、優しくて、可愛いカナちゃんのままでいて」
カナタの眉間に、ツカサはキスを落とす。
すると、拗ねていたカナタの頬に、さっと赤みが差した。
「オレは、全然。いい子でもないですし、優しくもないです。それに、オレを『可愛い』って思ってくれるのはツカサさんだけですよ」
「だからこそ、そのままでいてほしいんだよ」
カナタの魅力に、誰も気付かなくていい。
気付かない者は無能で、気付いた者は無価値。
「可愛いカナちゃん。ずっと、俺だけのカナちゃんでいてね」
優しく微笑むと、カナタは恥ずかしそうにしながらも、小さく頷く。
心が安らいで、本心から『幸せだ』と思える。
ゆえに、ツカサはこの日も穏やかな気持ちで眠りにつくことができたのだ。
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