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カナタの提案に、マスターは驚く。
だがそれ以上に、ツカサの方が驚いていた。
なにも言えず、ただことの成り行きを眺めることしかできない。
それゆえに、口を開いたのはマスターだった。
「リボンにか? それは別に構わんが、なぜじゃ?」
マスターは、知らない。
カナタが【可愛いもの】を好きだということを。
それは、ツカサだけが知っている秘密なのだから。
可愛いものは、いつだって誰にも気付かれないように渡していた。
可愛いデザインの食器を用意し、マスターに訝しまれたとしても、ツカサは上手に誤魔化していたのだ。
それなのに、どうしてカナタはそんなことを訊いたのか。
これでは、カナタの秘密がマスターにバレてしまう。
ツカサが危惧していると、カナタは……。
「──オレ、実は……可愛いものが、好きなんです……っ!」
その不安を、見事に打ち抜いたのだ。
それはカナタとツカサ、二人だけの秘密。
誰にも触れられないように、大事なところへ隠しておいたこと。
それをカナタは、いとも容易く引っ張り出したのだ。
突然の告白に、マスターは目を丸くしている。
すぐにツカサは、ふたつのパターンを想定した。
ひとつは、マスターがカナタを否定した場合。
その場合、ツカサは有無を言わさずマスターを絞め殺すつもりだ。
否定は、カナタを傷つける。
カナタを幸せにすると誓ったツカサにとって、害悪と不安要素は取り除かなくてはいけない。
しかし、もしも、万が一。
──マスターが、カナタを肯定した場合には……。
「そうじゃったのか」
マスターは相槌を打ち、顎に手を添えた。
そっと、ツカサはマスターを睨み付ける。
マスターには、そこそこ感謝していた。
それでも、カナタに勝るものはない。
たとえマスターであっても、カナタを傷つけるのならば、殺す。
マスターの一挙手一投足に目を光らせたツカサは、誰にも気付かれないように身構える。
続く、マスターの言葉はと言うと……。
「──それなら丁度良かった! 前に妻が買ってきた土産で、どうするべきか悩んでいたモグラのぬいぐるみがあるのじゃが、貰ってくれんかのう?」
──【肯定】だった。
カナタの強張っていた表情が、安堵によって緩やかに解けていく。
マスターは何度も頷くと、突然立ち上がった。
「少し待っておれ! 今、部屋から持って来てやろう!」
そのまま、マスターはダイニングから姿を消す。
この状況は、ツカサが望んでいた【二人きり】だ。
しかし、今のツカサはこの状況に喜べない。
……喜んでいる場合では、ないのだ。
「……なんで、マスターに『可愛いものが好き』って打ち明けたの? 人に知られるの、カナちゃんはイヤがっていたじゃない」
声が、震える。
その震えがどうか、カナタには届いていませんようにと願う。
それと同時に、心のどこかでは気付いてほしかったのかもしれない。
カナタとならば、秘密は星の数ほどあったっていい。
誰にも名前を知られていないその輝きを、ツカサは『自分のモノだ』と胸を張れるのだから。
けれど、カナタはその星に名前があることをマスターに教えた。
二人だけの輝きを、他人にも共有したのだ。
問いかけると、安堵によって柔らかくなった表情筋で、カナタは笑う。
「──オレも、ツカサさんみたいになりたいからです」
カナタからの答えは、どこか眩しくて。
どこか、禍々しいものに思えた。
……もしも、マスターがカナタを否定した場合。
ツカサは迷いなく、マスターを絞め殺すつもりだった。
だが仮に、もしも、マスターがカナタを肯定したら……。
ツカサが殺すべきなのは、マスターではなく。
──カナタになってしまうのだから。
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