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鋭利な感情が、音を立てて近付いてくる。
自分では制御できない【なにか】が近付いていると気付いていながら、ツカサは必死に平静を装う。
「俺、みたいに……っ? 俺みたいになりたいって、どういうこと?」
ツカサの問いに、カナタは照れたように笑っている。
「自分に、自信を持ちたいんです。ツカサさんはいつも、自分の意見に胸を張っていて、堂々としているから。そんなツカサさんみたいになりたいから、いつまでも自分の気持ちを恥ずかしがって、隠しているのは良くないかなって」
カナタの笑みを、今だけは『可愛い』と言えない。
なぜならツカサの目には、カナタが【カナタ】として映っていないのだから。
さながら、ツカサの首を切り落とす処刑人のようで。
「できないことを探して落ち込むより、できそうなことを──したいことを数えて、前を向きたいなって。そう思ったんです」
カナタは嬉しそうにそう言い、ツカサに笑みを向けた。
──カナタが、変わろうとしている。
そのきっかけは。
そうなろうと動いてしまった、要因はつまり……。
「……それが、俺の影響だってこと?」
口角を無理矢理上げて、可能な限り威圧的にならないよう、カナタへ問いかける。
すると、カナタは……。
「はい。ツカサさんの影響です」
どこまでも幸福そうに。
照れくさそうに、カナタは笑いながら頷いている。
その笑みが、どれだけツカサの胸を締めているか。
その言葉が、どれだけツカサの心を黒く塗りつぶしているかも知らずに。
少し前まで、カナタはこんなことを言える男ではなかった。
臆病ゆえに瞳を震わせ、期待ゆえに瞼を震わせ、不安ゆえに唇を震わせ。
カナタの直情全てを、ツカサだけは分かっていた。
脆くて、弱くて、すぐにでも壊れてしまいそうな男の子。
そんなカナタを守ることこそが、ツカサの生きる意味。
カナタを守っている間は、ツカサがそばにいてもいい立派な大義名分を手に入れていられたのに。
「そうなん、だね。そっか、そっかぁ……」
続く言葉が、思い浮かばない。
きっとカナタは、褒めてほしいのだろう。
『強くなったね』と、勇気を肯定してほしいのだ。
しかし、ツカサはそんな言葉、口が裂けても言えなかった。
──言いたくなかったのだ。
「カナちゃん」
そっと、腕を動かす。
「俺は、カナちゃんに──」
その指先が、カナタへ向けられそうになった瞬間。
「待たせたのう、カナタ!」
マスターが、なんとも言えないぬいぐるみを持って戻って来た。
カナタはすぐにマスターを振り返り、目を丸くする。
「この子が、お嫁さんからのお土産ですか?」
「そうじゃよ。ワシはぬいぐるみなんか要らぬし、かといって捨てるのも失礼じゃろう? 埃が被らぬよう手入れはしておったから、汚れもないぞ」
「いただいちゃっていいんですか?」
「こんな珍妙なぬいぐるみでも、カナタが『可愛い』と思えるのならな」
──知っていた。
マスターがこうして、カナタに【可愛いもの】を与えることを。
──知っていた。
マスターがこうして、カナタを否定しないことを。
──知っていたのだ。
「ありがとうございます、マスターさん。凄く可愛いですっ」
理解者が増えると、カナタが眩しい笑みをこぼすことを。
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