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 カナタを床に固定したまま、ツカサは唇を震わせる。 「大丈夫、大丈夫だよカナちゃんッ! 俺、カナちゃんを殺さないッ! 殺さないから、怖くないよねっ? ねッ! だから、俺を嫌いにならないでッ! 少し痛いかもしれないけど、殺さないからッ! 後でいっぱいキスしてあげるよ! 痛いところもいっぱい撫でてあげる! カナちゃんが気持ちいいって思うこともいっぱいしてあげるよ! ねぇッ、だから嫌わないでッ! 怖くないからッ! ねぇッ!」  即座に、ツカサは爪の先をカナタへ向けて振りかざす。  その手を、カナタは両手で掴んだ。 「待って、ツカサさん! やめて、嫌だ……っ!」 「カナちゃんが悪いんだよッ! 俺を裏切ろうとするからッ、俺以外の奴をその目に映すから悪いんだッ! あぁッ、もっと早くこうしておけば良かったッ! そうすれば、カナちゃんが他人にあんなことを言わなくて済んだのにッ!」 「やめてくださいっ、ツカサさんっ!」  カナタは身をよじり、懸命にツカサから逃れようとする。  しかしどう見繕っても、上に乗っているツカサの方が有利だ。 「ウソ吐きッ! カナちゃんのウソ吐きッ! 変わらないって約束したのに、なんで俺を捨てようとなんてするんだよッ! カナちゃんの……カナちゃんの裏切り者ォッ!」  爪の先が、カナタの目を捉える。  しかし寸でのところで、カナタが顔を背けた。  目標が目玉から逸れた爪は、カナタの頬に赤いラインを引く。  そこからジワリと、赤い雫が滲む。  赤くて、本来ならばツカサが慈しむべきもの。  ツカサはカナタの頬に滲む血を見て、欠片ばかりの理性を取り戻す。 「……どうしてなの、カナちゃん……ッ。俺、なにかした……ッ? 俺、カナちゃんが不満に思うようなことをしちゃったのかなぁ……っ?」  生きている象徴とも思える【血】を見て、ツカサは真逆の存在を思い出した。  カナタが、血を流している。  カナタが痛がり、怯えてしまう。  それは、ツカサが最も恐れることへと繋がるのだから。  ポタポタと、カナタの頬に無色透明の雫がこぼれた。 「どうして、変わってしまおうとするの……っ。どうして、俺を置いていってしまうの。……どうしてなの、カナちゃん……っ」  ツカサの泣き顔を見上げて、カナタは驚きのあまり目を丸くする。  当然、カナタには理解ができない。  ツカサが【変化】に対して、ここまで怯えている理由が。  しかし、カナタにも分かることがあったのだ。  ──今のツカサは、カナタの【変化の先】に怯えているのだと。  ツカサは泣きじゃくりながら、カナタの首に手を添える。  その指は震えていて、とてもではないが誰かを絞め殺す意思があるようには感じられないだろう。  それと同時に、必ず絞め殺してみせるという確固たる意志を感じられる手のはずだった。 「カナちゃんが、あんな酷いことをするワケがないよ……っ。お願いだから、これ以上俺の心をかき乱さないでよ……っ。俺に、カナちゃんが怖がるようなことをさせないでよ……っ!」  カナタに与えられたチャンスは、一言だけ。  その一言を間違えると、この冷たい指先は牙となる。  カナタの首に爪を食い込ませ、その皮膚を抉るのだ。 「カナちゃんがいないならこんな世界よりも、カナちゃんが一緒にいてくれる地獄を選ぶから……っ! だから、カナちゃんにも俺だけを選んでほしいのにッ!」  どうしようもない、怒りと憎悪。  その中に、カナタはなにを見つけたのだろうか。  頬に血を滲ませながら、カナタが口を開く。  それと同時に、ツカサの指が力を増して──。 「──オレが変わった先に、ツカサさんはいてくれないんですか?」  カナタが生きているという感触を、生々しいほど感じてしまった。

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