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手のひらから、指先から、力が抜ける。
それでもカナタは、強引にツカサの手を引き剥がそうとはしなかった。
「カナちゃんが変わったら、カナちゃんは俺以外の誰かを頼るかもしれない。そうしたらカナちゃん、ソイツのことを好きになるかもしれないでしょう? 俺は、それがイヤなんだよ……っ」
涙は、とどまることを知らずに溢れ続ける。
「俺は、カナちゃんと同じ【好き】じゃないから。俺の気持ちは、カナちゃんを怖がらせるかもしれないから。カナちゃんは、怖くない人を見つけるかもしれない。カナちゃんに『好き』って言えない俺じゃ、カナちゃんに嫌われるかもしれないから……っ」
「ツカサさん……っ」
「カナちゃんのことを一番分かっている俺が、カナちゃんの夫になるんだよ? なのに、カナちゃんが他に理解者を作ったら……カナちゃんの夫は、俺じゃなくても良くなっちゃう……っ。そんなのは、イヤだ……っ。そんな未来は到底、許容できないよ……っ!」
涙を溢れさせながら訴えるツカサを見上げて、カナタは微笑む。
「オレが好きなのは、ツカサさんだけです。こうして触りたいのも、ギュってしたいのも……オレには、ツカサさんだけですよ」
ツカサの手に触れていたカナタの手が、ツカサの背へと回される。
カナタの体温がじんわりと、ツカサの体を包んだ。
まるで、ツカサの奥底にある冷え切ったなにかを溶かすように。
そこで、ようやく。
──ツカサはついに、カナタの首から手を離した。
「これから先も、ずっと……っ?」
「ずっとです。……だから、泣かないでください」
華奢なカナタの体を抱き締めて、ツカサは震える声で訊ねる。
「どうして、カナちゃんは変わっちゃうの……っ? 変わらないでよ、そのままでいてよ……っ」
どんな言葉を与えられても、ツカサの不安は拭い去られない。
声だけではなく体も震わせて、ツカサは押し殺していたものを吐き出した。
「強くなんて、ならなくていいのに……っ」
弱くても良かった。
怯えて、震えている子供のままでも良かったのだ。
そう在っても良かったと言いたいのか、そう在ってほしかったと言いたいのか。
正確なところは、ツカサ自身にも分からない。
けれど、これがツカサの本心だ。
ツカサの言葉を聴いて、カナタは静かに言葉を返す。
「──なら、ツカサさんも強くいようとしないでください」
まるで走馬灯のように、カナタの言葉がツカサの過去を思い返させる。
両親からは、まともな愛情を注がれなかった。
ツカサが大人になることも待たず、世間はツカサを引っ張ったのだ。
──ツカサなら、大丈夫。
──ツカサなら、負けたりはしない。
──ツカサなら、全てを受け止めてくれる。
そんな無言の期待に、ツカサはいつの間にか応えられるようになっていて。
そんな世界の速度に、ツカサはいつの間にかついて行けるようになっていた。
だがそれは、強制されて、強要されたもの。
背負うのが当たり前となっていた荷物に、ツカサはいつからか荷物を【荷物】として認識できなくなっていたのだ。
それを、まるでカナタは『おかしい』と言ってくれたようで。
「全部、言ってください。ツカサさんが嫌なことも、してほしいことも。オレは、それが知りたいから」
もしもこの感謝が、愛ではないのなら。
もしも胸を締めるこの切なさが、愛ではないのだとしたら。
「カナちゃんは、強くなったね……っ」
──きっとツカサは、二度と【愛】を知ることができないのだろう。
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