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 ツカサは、カナタの体へ回した腕に力を籠める。  まるで、甘えるように。  愛おしむように、縋るように抱き着いた。 「どんなことでも、俺に頼ってほしい。相談も秘密も、打ち明けるのは全部俺を最初の相手にしてほしい」 「はい。約束します」 「誰かのことを褒めたら、俺のことをその倍は褒めて。誰かよりも俺の方が好きだよって、何度も安心させてほしい」 「はい。分かりました」  カナタの手が、ツカサの背をあやすように撫でる。  ──これでは、どちらが年下か分からない。  そう思ったからこそ、ツカサは全てを告げられた。 「──俺のことを、嫌いにならないで」  唯一にして、最大の弱点。  ツカサにとって最も大切で、ツカサにとってなくてはならないたったひとつのもの。  カナタからの愛情を奪わないでと、ツカサは他ならぬカナタに縋った。  背を撫でたまま、カナタは答える。 「──それは、頼まれたって無理ですよ。もうオレは、ツカサさんのことを嫌いになれませんから」  その手つきと同じく、優しい言葉を。  ツカサは顔を上げて、カナタの目を見つめる。 「俺がこのまま、変われなくても?」 「はい」 「俺がいつか、変わってしまっても?」 「勿論です」  力強く、カナタは笑みを返す。 「変われなくても、変わってしまっても、オレが好きな【ツカサさん】は変わらないです。だから、大丈夫ですよ。オレはずっと、ツカサさんが好きです。嫌いになんて、なってあげないですからね?」  いつだって、守ってあげたいと思っていた。  誰よりもそばにいたくせに、ツカサは今初めて、気付いたのだ。  ──カナタは、とても強い男の子なのだ、と。  カナタの頬に滲んでいた血は、いつの間にか渇いていた。  薄い傷口に、ツカサは唇を寄せる。 「カナちゃんが見ている世界に、俺も行けるのかな。こんな──」  自らが付けてしまった傷口に、ツカサはキスを落とす。  普段の触れ合いと似たその行為が、ツカサにはとても大きなもののように思えて。 「──この、一歩から」  今後二度と、カナタに手を上げない。……そう、ツカサは約束できなかった。  きっとカナタも、そのことは薄々分かっているだろう。  それでもカナタは、ツカサの背から手を離さなかった。  顔を上げたツカサに、笑みを向け続けている。  何度、ツカサがカナタを傷つけて。  何度、ツカサとカナタが『交われない』と分かり合ったとしても。 「──オレたちは、ずっと一緒ですよ」  ──カナタはツカサに、笑いかけてくれた。  ふと、カナタはツカサの左手に手を伸ばす。 「この前、誓ったじゃないですか」  カナタは頬を赤らめて、ツカサの左手を引く。 「結婚、しましょうねって」  そう言い、カナタはいつかツカサがしてくれたように、左手の薬指に口付けた。  先ほどまでの姿が嘘のように、今のカナタはいじらしくて。 「──夢よりも夢みたいだよ……っ」  ツカサは思わず、破顔してしまった。

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