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 激しいセックスを終えた後も、カナタはツカサに抱き着いていた。 「ツカサさん、ツカサさん」 「なぁに、カナちゃん?」 「チョコ、もっと食べたいです」  付き合いたてのカップルでも引いてしまうような、甘ったるい空気感だ。  依然としてテーブルに突っ伏して寝ているマスターが、一周回って可哀想になるくらいに。  しかし、そんなことに対してツッコミを入れる者は一人もいない。 「はい、カナちゃん。あーんっ」 「あー、んっ。……んふふっ、おいひぃ~っ」  ツカサは柔らかな表情を浮かべて、カナタの口へチョコを放る。  大好きなツカサに希望した『あーん』をしてもらったカナタは、大層上機嫌だ。  カナタはモグモグと口を動かしながら、ツカサに抱き着く。 「ツカサさん、大好きっ。いっぱい好きで、一番大好きですっ」 「ありがとう、カナちゃん。俺は世界で一番の幸せ者だよ」 「じゃあオレは、宇宙で一番の幸せ者です~っ」 「なにそれ? メチャクチャ可愛いっ」  どれだけイチャイチャしようと、マスターは起きない。  あれだけ大きな喘ぎ声を間近で聞いていたはずだというのに、それでもマスターは時折いびきを漏らしながら寝ていたのだ。  誰にも邪魔されず、それでいてカナタが銀河一可愛い。  ツカサの幸福はとどまることを知らず、上限や天井を突き破るように溢れて仕方がない。  すると不意に、にへら~と笑っていたカナタがなにかに気付いた。 「あっ、そうです、そうですっ。ツカサさん、ツカサさん。オレ、したいことがあるんです。……しても、いいですか?」 「モチロンだよ」  内容を聞かずとも、ツカサは即座にイエスを告げる。  ニコリと笑ったカナタが、おもむろに……。 「──ツカサさんは、頑張り屋さんですね」 「──えっ?」  ツカサの頭に、手を伸ばした。  カナタの、優しい手が。 「家事をいつもしてくれて、お仕事も一生懸命で、だけど弱音ひとつ吐かなくて」  優しい声が、ツカサだけに向けられる。 「ツカサさん、いい子、いい子です」  ギュッと抱き着きながら、カナタはツカサの頭を撫でて、そう囁く。  カナタには詳しく話していないが、ツカサは幼少の頃から、子供が受けるべき愛情を受けて育たなかった。  誰かに頭を撫でられたことはおろか、努力を褒められた経験だって、ツカサにはない。  ゆえに、ツカサは驚いた。  だからこそ、ツカサは……。 「……えっ、と……っ」  顔を、耳まで赤くしてしまった。  なにも言えず、なにもできず。  ツカサはただただ、カナタからの抱擁と甘やかしを受ける。  決して【受け止める】ということもできていないが、ツカサはカナタからの甘やかしを受けることしかできなかった。 「ツカサさんは、とってもいい子です。誰がなんと言っても、オレはツカサさんを褒めます。ツカサさんは、とってもとってもいい子ですよ」  カナタはツカサを抱き締めたまま、ツカサの頭を撫でている。  それでもツカサは、言葉を返せない。  ──あぁ、なんということだ。  目の前にいるのは、ツカサにとって【運命】だと思っていたのに。 「……カナちゃんって、天使みたいだね」  ──もしかすると、人ではないのかもしれない。  そんな馬鹿らしいことを真剣に考えてしまうくらいには、ツカサにとって大きすぎる出来事だった。  * * *  ……そして、翌日のこと。 「──ぎゃああッ! 腰がッ、腰がありえんくらいに痛むのじゃがぁあッ!」  テーブルに突っ伏していたマスターが叫ぶのと。 「──なんでオレ、ダイニングでツカサさんに抱き着きながら寝ているのでしょうかっ?」  記憶が残っていないカナタが慌てたことで、今回の騒動は終幕を迎えたのだった。  めでたしめでたし。 8.5章【そんなに甘やかさないで】 了

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