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9章【そんなに依存させないで】 1

 それは、カナタにとって初めてのことだ。 「──今日はお休み、かぁ……」  初めて、カナタは【シフトで休み】という状況を迎えていた。  リンが働くようになって、ようやく仕事を憶えた頃。  ついに、カナタとツカサは【休み】をもらえるようになった。  そして今日は、カナタが休みの日だ。  基本的に、マスターが経営する喫茶店には【定休日】がない。  それはどうやら、マスターが無趣味だから、らしい。  休みを取ってまでしたい趣味が、マスターにはない。  マスターの妻は旅行に行って家を空けることが多々あり、そんなところも含めてマスターは外出することが少なかった。  ゆえに、定休日はなし。  たまたまツカサも無趣味で、カナタも無趣味。  だから今まで不平不満は抱かなかったが、いざこうして休みを与えられると……。 「──やること、ないんだよなぁ……」  案の定、カナタは困ってしまった。  部屋の掃除をしてみるも、特に物で溢れ返っているわけでもないカナタの部屋は、驚くほどすぐに片付く。  いっそのこと外出をしようかとも考えたが、それは不可能。  なぜなら、朝食の時間に……。 『喫茶店以外の場所に行くときは、必ず絶対に俺を誘ってね。仕事を抜け出して、カナちゃんの行きたいところに付き合うから』  カナタが外出するのならば、もれなくツカサもついてくる。  そんな恋人優待キャンペーンが、カナタの望みに関係なく始まってしまったのだから。  むしろそんな口約束でもしない限り、ツカサはカナタと離れることを容認できなかったのだ。  ちなみに、マスターは先にツカサへ休みを与えた。  カナタが来る前からずっと、ツカサは働き詰めだったからだ。  しかし、ツカサに休みを与えたマスターは当日……。 『カナちゃん、今日も可愛いね。俺が注文したいのはカナちゃんなんだけど、いくらで買わせてもらえるかな? 貯金全額でもいいし、カナちゃんがもっとお金を欲しがるなら臓器だって売ってくるよ? モチロン、俺じゃなくて他人のね?』 『ツカサさん、困ります……っ。手を放してもらわないと、接客ができませんから……っ』 『俺もお客様だよ? 他の客はヒシカワ君に任せて、カナちゃんは俺だけを接客してよ。料理はあーんってしてほしいし、飲み物はストローを二本差して、二人で飲もう? ホラ、俺の膝に座って? それとも、カナちゃんは俺のことが嫌い? 離れたいのかな?』 『うぅ……っ』  ひとつのテーブルと、店員であるカナタを独占する、ツカサの姿。  その光景を厨房から見ていたマスターは酷く、深い深い後悔をしていた。  金輪際、ツカサには休日を与えたくないと嘆くほどに。  そして今度は、カナタの番となったのだが……。 「なにしようかなぁ……」  カナタはカナタで、休みの日を持て余していた。  部屋の掃除を終えた後、カナタはベッドの上にストンと腰を下ろす。  しかし、それ以外にやりたいことは思いつかない。  ベッドの上に飾っているモグラのぬいぐるみを抱き締めてみるも、嬉しいという感情は湧くが、それだけ。 「うぅ~ん……っ」  カナタは立ち上がり、モグラのぬいぐるみをベッドの上に戻し、一先ず部屋を出た。  平屋の中をウロウロしてみるも、当然だが誰もいない。  カナタはダイニングに向かい、食卓テーブルの椅子に腰を下ろした。 「お休みの日って、なにをして過ごすのが正解なんだろう」  天井を見上げて、ぼんやりと呟く。  そこで思い出すのは、ツカサと初めてデートをした日のことだ。  色々なことを芋づる式に思い出したカナタは、意味もなく俯く。  それからカナタはテーブルに突っ伏して、赤くなった顔を隠した。 「……ツカサさんに、会いたいな」  つい数時間前に、ツカサからは【行ってらっしゃいのキス】を強請られたばかり。  だというのに、カナタはもう既にツカサが恋しくて仕方なかった。

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