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無趣味な自分が、恨めしい。
一人でも熱中し、没頭できる趣味があったのなら。
そうすればこのように、恋に恋する乙女のような思考回路を辿らなかった。
カナタは自分の無趣味さを恨みつつ、食卓テーブルに突っ伏し続ける。
「喫茶店、行こうかなぁ」
時間は、あと数十分で昼。
昼食を食べに来たという理由で、喫茶店に向かうことはできる。
そして当然、カナタはそうするつもりだった。
だが、その後はどうだろう。
ツカサの顔を見たら最後、離れがたくなってしまうかもしれない。
それでは、ツカサが休みの日にとった行動となにも変わらないのだ。
マスターからの善意を、二人揃って仇で返すことになってしまう。
ツカサへの好意を自覚してからというもの、カナタは自分でもどうしようもできないほど、変わってしまった。
【好き】という気持ちが渋滞してしまい、とても良くない。
……けれど。
「──幸せ、なんだよなぁ……っ」
この状況を【いい意味で】困っているのだから、やはりとても良くない。
カナタは小さくぼやいた後、テーブルから顔を上げる。
そのまま立ち上がり、カナタは自室へ戻ることにした。
しかしそれは、時間を潰すことが目的ではない。
「少し早いけど、お昼にしようかな」
自室へ戻るのは、着替えるため。
……もっと詳しく言うのなら、ツカサに会うためだった。
ソワソワと浮足立つ気持ちを抑え込むこともせず、カナタは自室へ向かう。
ダイニングを出て、通路を歩く。
昼食以外の理由で特に外出する予定もなかったカナタは今の今までずっと、寝間着で過ごしていた。
先ずすべきことは、着替え。話はそれからだ。
自室に戻ったカナタは、クローゼットの中から部屋着を取り出す。
当然、スカートではない。
そして当然、母親が先日わざわざ持って来てくれた男勝りな服でもなかった。
カナタはいつも【ユニセックス】と銘打たれた服を、普段着として使用している。
過度に可愛いわけでもなく、かと言って男勝りでもない。
そして今の時代、こういった服を着ている男も少なくはなかった。
できることならスカートを穿きたい気持ちはあるが、生憎と勇気がない。
ツカサだけではなく、マスターとリンは【可愛いものが好きなカナタ】を受け入れてくれた。
制服のネクタイをリボンにし、髪を可愛いヘアゴムで結んでも、二人は温かく受け入れてくれたのだ。
しかしまだ、その先にある【女物の服を好んで着る】という実態は、明かせていない。
そこはまだ、ハードルが高い気がしたのだ。
「……よしっ。着替え終わりっ」
着替えを終えたカナタは一度、机に置いてある手鏡を取りに向かう。
服を着脱する際、髪が乱れたからだ。
鏡を見つつ、ちょいちょいと前髪を直していると、不意に、
「……ヘアピン、付けようかな」
それは、ツカサと初めてデートをした日。
出発前にツカサから貰った、ひとつのヘアピン。
大切にしまっておいたそのヘアピンを、カナタは机の引き出しから取り出す。
手鏡を机に置き、カナタはすいっとヘアピンを前髪に差す。
それからもう一度、自分の姿を鏡で眺めた。
洒落っ気のない黒髪で光る、可愛らしいデザインのヘアピン。
「ツカサさんからの、プレゼント。……可愛い」
カナタは思わず、にへらっと笑みをこぼした。
勿論、その笑みは鏡にバッチリと映っている。すぐにカナタは、表情を引き締めた。
──駄目だ、良くない。
──今の顔は、あまりにもだらしなかった。
カナタは自分を戒め、頬をむにむにと引っ張る。
──情けない表情は、絶対にしない。
手鏡を机の上に戻し、カナタは気を引き締める。
その後、カナタは喫茶店へ向かうべく、歩き始めた。
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