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 カナタはメニュー表を開き、一ヶ所を指で指す。 「オムライスをお願いします」 「ウン、了解っ」  注文を受けたツカサは、襟元を正しながら頷いた。  相変わらず、ツカサはニコニコと楽しそうに笑っている。  あまりにも上機嫌そうなその笑みを見ていると、カナタはなにもかもが『まぁ、いいか』と思えてきてしまう。  するとツカサは、カナタの頬に向かってそっと手を伸ばした。  細い指が一度だけ……すりっ、と、カナタの頬を撫でる。 「ここから動かずに、いい子で待っていてね」  ツカサがそれだけ言うと、普段通りの冷えた指はすぐに、カナタの頬から離れた。  厨房へと向かうツカサの背を、カナタはなにも言えずにただただ見送る。  ツカサがホールから消えた後、女性客はヒソヒソと楽しそうに談笑を始めた。  落ち着かない空気に、カナタはハッと我に返る。  少しでも気持ちを整えようと、カナタは辺りを見回して……。 「お水、どうぞ?」  誰よりも輝かしい笑みを浮かべたリンと、目が合った。  お冷を持って来たリンが、本当はなにを言いたいのか。不思議と、カナタは手に取るように分かってしまった。  だからこそ、カナタは縮こまりながらグラスを受け取る。 「ありがとう、リン君」 「いいえ~っ。……それにしても、少し前まではホムラさんのことで凄く悩んでいたのに、今ではこんなに見せつけてくれるようになるとはね~っ? ねぇ、今ってどんな気持ち? 嬉しい? それとも、恥ずかしいって気持ちの方が大きい?」 「お願いだからやめて、リン君……っ」  リンからの露骨な揶揄いに、カナタは両耳を塞ぐことでしかやり過ごせなかった。  * * *  それから、少しして。 「カナちゃん、お待たせっ」  厨房から、オムライスを持ったツカサがやって来た。  やはり、カナタを応対してくれるのはホール担当のリンではなく、ツカサらしい。  テーブルの上に、作り立てのオムライスが置かれる。 「ありがとうございます、ツカサさん」 「どういたしましてっ」  よく見ると、ツカサが持っているトレイの上にはケチャップがあった。  持って来たケチャップを手にし、ツカサは微笑む。 「ケチャップで文字でも書こうか? 絵でもいいよ?」  予想外のようで、予想通りの提案。  カナタは苦笑しつつ、ツカサを見上げた。 「なんだかそれじゃあ、別の喫茶店になっちゃいますよ」 「『別の喫茶店』? ……あぁ、なるほど? モチロン、カナちゃんがしてほしいなら【愛込め】もするよ?」 「えっ、と。……それはまた、別の機会に」  女性客の【期待】という名の視線が、痛い。  カナタはツカサからの甘やかしを、さりげなく回避した。  それでもツカサは笑顔のまま、ケチャップを持っている。 「それじゃあ、絵でも描こうかな。オーダーはある? やったことはないけど、たぶん俺、なんでも描けるよ?」 「そう、ですね。……じゃあ、猫ちゃん、とか?」 「あははっ、カナちゃんらしいなぁ。了解~っ」  カナタからの注文を快諾したツカサは、すぐにケチャップでオムライスに絵を描き始めた。  自信があっただけに、ツカサの手には迷いがない。  オムライスの上には、あっという間に猫が描かれた。  それからツカサは、皿の空いているスペースに猫の足跡を模したイラストも描く。  ツカサの器用な手つきに、カナタは瞳を輝かせた。 「わっ、わわっ! 凄く可愛いです……っ!」 「ホント?」 「はいっ。可愛くて、食べるのがもったいないくらいですっ」  キラキラと瞳を輝かせるカナタを見て、ツカサは満足そうに微笑む。  接客時にも見せない、カナタの浮かれ具合。その様子を見て、女性客が胸を高鳴らせる。  すると、ツカサが冷ややかな目で女性客を振り返った。  その威圧的で冷酷な眼差しに、女性客はピシッと背筋を正す。  ……当然、オムライスに描かれた猫のイラストに夢中なカナタは、そんなやり取りに気付かなかった。

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