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 静かにはしゃぐカナタを見て、ツカサはもう一度笑みを浮かべた。 「そんなに気に入ってもらえたのは嬉しいけど、できれば冷める前に食べてほしいかなぁ」 「あっ、そ、そうですよね。が、頑張ります……っ」 「カナちゃん、ラテアートの時も『崩すのがもったいない』って言っていたよね? まぁ、そんな繊細なところも可愛いけどさっ」  カナタは良心を痛めつつ、慌ててスプーンを手に取る。  ずっと眺めていたいが、確かに冷めてしまっては、作ってくれたツカサに申し訳ない。  カナタは一先ず、ケチャップがかかっていない端の方から、オムライスを食べ始めた。  しかし、食べているのは玉子部分だけ。  なかなか、ライスにまで進めない。 「何回でも描いてあげるから、気にせず食べていいんだよ?」 「でも、この猫ちゃんは世界に一匹だけなので……」  ツカサの優しさにも、カナタは胸を痛める。  こんなことなら、可愛いイラストではなく文字などの崩しやすいものを頼むべきだった。カナタは思わず、そんな後悔をし始める。  ツカサはカナタの隣の椅子に腰掛け、頬杖をついた。 「ふぅん? ……じゃあ、俺が代わりに潰そうか? 目をほじればいい? 耳をそぎ落とす? それとも、口を引き裂こうか?」 「絶対にやめてください!」 「あっははっ! 全力だねぇっ!」  ツカサを止めたところで、結局はイラストを崩さなくては、食べ進められない。  カナタは意を決し、断腸の思いでケチャップ猫にスプーンを入れた。 「あっ、耳を潰したね」 「うぅっ。言わないでください……っ」 「でも、良心が痛んで悲痛に歪むカナちゃんの顔も、凄く可愛いよ?」  思わぬ不意打ちに、カナタは赤面してしまう。  可愛い食べ物を崩すことにも慣れないが、ツカサの言葉にもまだまだ慣れはこなさそうだ。  しかし、一度崩してしまえば後はどうとでもなる。  カナタはせっせと、オムライスを食べ進めた。  そこでふと、カナタは今さらすぎることに気付く。 「……あの、ツカサさん?」 「なに?」 「厨房には、戻らなくていいんですか?」  そう言い、カナタはスプーンを手にしたままツカサを見つめた。 「マスターさんに怒られちゃいませんか?」 「心配してくれているの? 優しいね、ありがとっ」 「ツカサさんの心配と言うか、マスターさんの血管の心配と言うか……」  カナタの呟きが聞こえていないのか。  もしくは、聞こえているうえでスルーをしているのだろう。  ツカサはなぜか、カナタの隣に座っている。  完全なる職務怠慢だ。 「カナちゃん以上に重要なことってある?」 「仕事、ですね」 「マスターは奥にいるし、今は忙しくない。……なら、別にいいんじゃないかな?」 「良くない、ですね」  確かに周りの女性客は、息をひそめている。  新しいオーダーをするようには見えないし、会計に進みそうな気配もない。  このままの状態が続くのであれば、ツカサが『忙しくない』と言っても間違いではなかった。  しかし、根が真面目なカナタにはどうしたって容認できない。  ……決して、ツカサと離れたいというわけではなかったが。

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