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カナタが眉尻を下げつつ声をかけると、ツカサは途端に唇を尖らせてしまった。
「俺が近くにいると、カナちゃんはイヤなの?」
時々見せる、不穏な空気。
……とまではいかないが、ツカサは不服そうだ。
カナタは隣に座るツカサから、ふいと視線を逸らす。
「そういうわけでは、ないですけど。……少し、落ち着かなくて」
「俺はむしろ、カナちゃんが近くにいてくれないと落ち着かないんだけど?」
どうしてツカサは、このように恥ずかしい台詞をサラリと口にできてしまうのだろう。
そう内心で羨んだところで、カナタの頬に散る熱が消えてくれるわけではない。
なにも言えなくなったカナタは、渋々といった様子で食事を再開する。
「どう? 美味しい?」
「はい。とっても美味しいです」
「ホント? 良かったぁ~っ」
食事を続けているだけだというのに、ツカサの視線は外されない。
カナタはオムライスから顔を上げ、隣に座るツカサへもう一度視線を向けた。
「……良かったら、食べますか?」
「もしかして俺、物欲しそうな目をしているように見えた?」
「そういうわけではないんですけど、なんとなく……」
「俺が食べてもいいの?」
ツカサの問いに、カナタは一度、コクリと縦に頷く。
「はい、勿論です。……とは言っても、ツカサさん自身が作ってくれたものですけど」
「やった!」
パッと表情を明るくしたツカサを見て、カナタは小さく驚いた。
ツカサは、オムライスが好きなのかもしれない。
恋人の好きな食べ物を、カナタは知らなかった。
……しかし、相手は【ツカサ】だ。
「じゃあ、お願いっ」
──なにをですか?
そう訊く前に、カナタはツカサが言わんとしていることに気付く。
──ツカサが突然、パカッと口を開いたのだ。
思わず、カナタはピタリと動きを止めてしまう。
「……どっ、どうぞ?」
カナタはそう言い、ツカサにスプーンを手渡そうとする。
しかし、ツカサは動かない。
口を開いたまま、カナタのことを楽しそうに見つめているのだ。
静かにざわめいていた女性客とリンが、固唾をのんで見守っている。……気がした。
妙に緊迫した空気が、店内に漂う。
「……ツカサさん?」
「あーっ?」
待ちの姿勢を崩さずに、ツカサは小首を傾げた。
口を開いていて、マヌケな構図のはず。
だというのに、ツカサの容貌は決して損なわれていない。
当然、カナタにはツカサが期待している展開が分かっている。
カナタが手にしているスプーンでオムライスを掬い、ツカサの口に運ぶこと。
それこそが、ツカサの取っている奇妙な行動の答えなのだから。
しかしこちらも当然だが、人の目がある中でカナタにそんなことができるはずもなく……。
「人前では、その……ごめん、なさい」
「えーっ?」
カナタは小さく謝った後、皿をツカサの方へと差し出す。
小さくなったカナタを見て、ツカサは露骨に落胆したような声を上げた。
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