161 / 289
9 : 10
なんとかオムライスを食べ終えたカナタは、すぐに立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
立ち上がったカナタを見て、頬杖をついていたツカサは目を丸くする。
「あれっ、帰っちゃうの?」
「はい。今日は休みですし、長居するのも良くないかなって」
「そんなことないのになぁ……」
帰る準備を始めたカナタを見て、ツカサは至極残念そうに落ち込んだ。
正直なことを言うのなら、カナタとてツカサとは離れたくない。
けれど、あまりここに留まってしまうと……。
「……」
厨房の奥から注がれる、鋭い眼差しの持ち主。
……マスターの胃に、穴が開いてしまうかもしれないのだ。
なによりもカナタは、せっかくマスターがくれた【善意】を、無駄にはしたくなかった。
カナタがこのまま店内に残るという行為は、ツカサが前回過ごした休日の二の舞になってしまうのだ。
「仕事、頑張ってください」
「……うんっ」
ツカサは相変わらず、残念そうな表情を浮かべている。
しかしカナタからの激励を受けて、笑みをこぼさないはずがない。
ツカサは微笑みを浮かべつつ、立ち上がる。
「あっ、会計はしなくていいからね。俺が出すから」
「いえ、そういうわけにはいかないです。オレが頼んだものですし、オレが食べたものです。自分で払うのが当然ですから」
「いいから、いいから。俺の好きにさせて?」
そう言い、ツカサはカナタの背をトンと押した。
「──また、夜に」
カナタの思考を溶かすように、ツカサは甘い声色と共に笑顔を浮かべる。
交際を始めて、一日や二日ではない。
ましてやカナタは、ツカサの顔を毎日見ている。
だというのに、カナタは一向にツカサの笑顔へ耐性を付けられない。
赤面しつつ、カナタはレジへ向かおうとした。
しかし、ツカサが通せんぼをするように立ちはだかる。
「……えっと、その。……失礼、します」
「うんっ。またね、カナちゃんっ」
結局、カナタはツカサに勝てない。
ツカサは笑顔で手を振りながら、カナタを見送る。
カナタもツカサに向けて、小さく手を振った。
店の外へ出ると、ポカポカと温まった頬に風が心地いい。
カナタはポケットの中に手を突っ込み、家の鍵を取り出す。
店のすぐ隣にある家の前で、カナタは立ち止まった。
それから玄関扉の鍵穴に、鍵を差し込む。
「……あれっ?」
しかし、感触がおかしい。
──鍵が、開いているのだ。
カナタは間違いなく、確かに鍵を閉めたはず。けれど、鍵は開いている。
カナタは恐る恐る、玄関扉を開けて中へ入った。
慎重な足取りで中を進むが、人の気配はしない。
一通り全ての部屋を確認してみたが、荒らされた形跡もなかった。
「単純に、鍵を閉め忘れた。……の、かな?」
そう呟き、カナタは落ち込む。
喫茶店へ向かう前のカナタは、頭の中がツカサでいっぱいだった。
それが結果として、防犯意識を薄れさせていたとは。……そう思い、カナタは猛省した。
落ち込みつつ、カナタは手を洗い、うがいも済ませる。
そして、その後……。
「なにしようかなぁ……っ?」
カナタは自室で、振り出しに戻っていた。
ベッドに寝転がりながらそう呟き、カナタは天井を見上げる。
考えるのは、カナタが持たない【趣味】について。
こういった、一人きりの時間で。
果たして周りの人間は、どういったことをして一日を充実させるのか。
カナタに思いつくありきたりな趣味と言えば、読書や映画鑑賞。
中には、アウトドア活動もあるかもしれない。
……だがそれは、ツカサの許可を得ないと外出できないカナタにとって、ひとまず除外すべき対象だ。
カナタは寝返りを打ち、そっと瞳を閉じる。
「……オムライス、美味しかったなぁ」
ぼんやりと、ツカサのことを考えてみた。
しかしよくよく考えてみると、カナタはツカサの趣味も知らない。
家事をしてくれているが、それはツカサの【趣味】なのだろうか。
そんなことを考えていると、カナタは少しずつウトウトと意識を手放していった。
ともだちにシェアしよう!