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 ツカサはカナタを抱き締めたまま、ポツリポツリと訊ねる。 「……カナちゃんが?」 「はい。オレが、です」 「晩ご飯を?」 「はい。晩ご飯を、です」 「作ったの?」 「はい。作った、です」  ツカサからの問いに、カナタは素直に頷く。  全ての疑問を全肯定されたツカサは、そのままピタリと動きを止めてしまう。  そこでようやく、カナタはあることに気付く。  ──もしかして、勝手に食材を使って怒らせてしまったのか。……と。  普段から料理をしているのは、ツカサだ。  つまり、冷蔵庫の中にあるものを管理しているのはツカサということになる。  もしかすると、ツカサの中にはカナタが想定していなかった予定があったのかもしれない。  そしてカナタが勝手に食材を使ったことにより、その予定を狂わせたのかも。  今さらすぎる不安をカナタが抱えていると、ツカサはようやく握られたおたまから視線を外した。  カナタの目の前にある、鍋。  その中身に、ツカサは目を向けた。 「……カレー」 「あっ、はい。カレー、です。あまり、料理をしたことがないので……」  鍋の中を見ずとも、ダイニングに漂う匂いでメニューは分かっていただろう。  それでもツカサは、まるで確認するかのように呟いた。  それからまたしても、ツカサはおたまを握るカナタの手に視線を落とす。 「……ケガ、は?」  呟きながら、ツカサはカナタの手に指を這わせる。  普段と変わらず、ツカサの手は冷たい。  その体温がツカサらしくて、カナタの胸はキュッと締め付けられた。 「大丈夫ですよ。怪我はしていません」 「そう……」  カナタがドキドキと胸を高鳴らせるも、ツカサの態度はどこかおかしい。  すぐにカナタは、背後に立つツカサを振り返る。 「もしかしてオレ、なにかツカサさんの気に障ってしまうようなことをしてしまいましたか? 無断で食材を使った、とか……」 「イヤ、そんなことは……全然、ないけど……」 「でもツカサさん、なんだか様子がおかしいですよ?」  ツカサはカナタにひっついたまま、ほとんど完成しているカレーを見つめた。  そして、ポツリと呟く。 「本当に全然、怒ってはいないよ。悲しいとか、そういう負の感情じゃない」 「それじゃあ、どうして元気がないんですか?」  ツカサの声に、偽りも嘘もなさそうだ。  それでも、ツカサの様子がおかしいことに変わりはない。  カナタに訊ねられたツカサは、一度だけ黙る。  それから、ポツリと呟いた。 「──なんだか俺たち、新婚みたいだなぁって。そう、思っただけだよ」  そんな、実にツカサらしくて。  どことなく、ツカサらしくないことを。  ツカサはギュッと強く、カナタのことを抱き締め直す。 「いいなぁ、奥さんなカナちゃん。仕事から帰ってきた俺に『おかえり』って言って、手料理を作って待っていてくれて。……ウン、いい。凄く、いい」 「ツカサさん、あの……っ?」 「これはさすがに、初めての感情かもしれないなぁ。……【家族】って、いいものなんだね」  まるで、噛み締めるように。  そして言い聞かせるように、ツカサは何度も頷いていた。

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