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 マスターは麦茶を飲みながら、キッと眉を吊り上げた。 「大丈夫なものか! ツカサの奴、ワシらには見向きもしないでサッサと帰ったのじゃぞ!」  ──ヤッパリ、そうでしたか。  ……とは、当然言わずに。  カナタは曖昧な笑みを浮かべて、マスターの鬱憤を静かに聴く。 「しかしそのくせ、厨房の掃除はほとんど終えてから帰ったのじゃ! これでは責めるに責められん! まったくもって腹立たしい弟子じゃ! 中途半端に有能なイケメンは大嫌いじゃぞ! あのアホーッ!」 「えぇっと、それはなんと言いますか……。……お疲れ様、でした」 「……って、んんっ? カナタはおたまなんぞを持って、いったいなにをしておるんじゃ?」  キッチンの前で、おたまを持っている。  ということは、カナタがしていることはひとつだ。  しかし、普段はツカサが料理をしている。  いつの間にかそれが日常となっていたマスターの中には、おそらく【カナタが料理をする】という考えはないのだろう。  カナタはおたまで鍋をかき混ぜてから、コンロの電源を切った。 「今日は休みだったので、なにかできることがないかなと思って。簡単なものしか作れませんけど、晩ご飯を作ってみました。カレーですよ」 「おぉぉっ! それは本当かっ!」  麦茶を飲み干したマスターは、まるで飛びつくように鍋の中を覗き始める。 「あぁっ! 確かにカレーじゃなっ! てっきり、精神的疲労による幻臭かと思ったわいっ!」 「あはは……っ。本当に、お疲れさまです」 「でかしたぞ、カナタ! ワシはカレーが大好きなのじゃ! さぁすぐに食べよう今すぐ食べようそうしようっ!」  素早くスプーンを用意したマスターは、鍋に入ったカレーを一口だけ掬おうとした。  ──直後。 「──手洗い、うがい。並びに着替えは?」  スプーンを持つマスターの腕を、ツカサが素早く掴んだ。  いつの間に、戻って来たのか。カナタは全く気付かなかった。  マスターは無邪気な笑みを浮かべて、ツカサを振り返る。 「おぉ、ツカサ! 見ろ! カナタがカレーを作ってくれたぞ! ワシの大好物であるカレーをな!」 「そうだね、作ってくれたね、嬉しいね? じゃあ、それなりの作法や礼儀ってものがあるんじゃないかな?」 「はははっ! コイツ~っ! 目が怖いぞっ?」  すぐさまマスターは視線で、カナタにSOS信号を送った。  カナタは慌ててツカサの腕を掴み、マスターから気を逸らせるような話題を探す。 「ツ、ツカサさんっ! あの、えーっと……っ! ……あっ、ご飯! ご飯はどのくらい食べますかっ?」  そう言い、カナタはすぐに食器を用意する。 「ツカサさんが食べたい量が分からないので、教えてほしいですっ!」  空の皿を見せて、カナタはなんとかツカサの気を引いた。  作戦は成功したらしく、ツカサはパッとマスターから手を離す。 「ありがとう、カナちゃん。カナちゃんは本当に優しいねっ。だけど俺はカナちゃんが用意してくれた料理なら、たとえ米一粒でも大満足だし、胃の容量以上の量でも平気で完食できるよ?」 「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、無理はしないでくださいね?」 「本当に優しいね。愛しているよ、カナちゃん」 「あっ、うぅ……っ」  マスターの救出には成功したが、あらぬ方向で被弾してしまったらしい。  カナタは顔を真っ赤にしながらも、心の中でマスターの無事に安堵した。

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