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食器としゃもじを持ちながら、カナタは炊飯器へ近寄った。
その背後にピッタリと、ツカサは立っている。
「俺に食べてほしい量をよそって? 俺はいつだって、カナちゃんの気持ちが知りたいからさ」
「じゃあ……このくらい、とか?」
「これがいいの?」
「ん、っ。……ツカサさん、近いです……っ」
背後から優しく抱き締められ、カナタは思わず身じろぐ。
耳に、ツカサの吐息が当たる。
その感覚に、カナタは堪らず体を熱くさせてしまった。
当然、カナタの考えていることをツカサは把握している。
「夕食と、カナちゃん。天秤にかける必要もないくらい、いつもなら迷わずカナちゃんを食べたくなるけど、今日は相手が【カナちゃんの手料理】だからね。悩ましいなぁ」
「やっ、耳……っ」
「噛まれるのはイヤ? じゃあ、舐めるのは?」
「やだっ、ツカサさん……っ」
「──よそでやってくれんかのう」
カレーのつまみ食いを阻止されたマスターは、げんなりとした様子でカナタとツカサを見ていた。
マスターのことを忘れていたわけではないカナタは、すぐに耳まで赤くなる。
「駄目です、ツカサさん……っ! 今は晩ご飯の──ん、っ!」
なんとか止めようとするが、スイッチが入りかけているツカサはなかなか止まらない。
カナタの耳に舌を這わせてから、まるで窘めるかのように囁く。
「ちゃんとお皿を持っていないと、せっかくよそってくれたご飯を落としちゃうよ? まぁ、カナちゃんが俺に『這いつくばって米を食め』って言うのなら、モチロン『仰せのままに』って感じだけどさ」
「そんなこと言いません……っ! お願いですから、放して……っ」
「俺と離れたいの? 寂しいなぁ……っ。俺のこと、好きじゃなくなっちゃった?」
「それは……っ! ……大好き、ですけど。でも、困ります……っ」
「『好き』じゃなくて『大好き』だって。……ねぇマスター、今の聴いてたっ? 俺のカナちゃん、最高に可愛いんだけどっ」
「──聞きたくなかったに決まっておるじゃろ」
マスターはスプーンをキッチンに置いた後、渋々といった様子でダイニングから出て行こうとした。
「ワシは着替えてくるが、頼むからそれ以上のことはせんでくれよ。ワシはカレーを早く食べたいのじゃ」
「『それ以上のこと』ってなに? もしかして今、カナちゃんのいやらしい姿を想像したの? 最後の晩餐にカナちゃんの手料理を選ぶなんて、マスターも見る目があるじゃない。女の好みは最悪で最低だけどね」
「ワシの弟子が面倒くさすぎる件について」
マスターはそれだけ言い、ダイニングから出て行く。
その背中はまたしても、悲しくなるほど丸まっていた。
しかし、ツカサはそんなことを気にも留めない。
「さっ、カナちゃんっ。二人きりだし、続きでもする?」
「だっ、駄目です! ご飯にしますよ!」
「慌てるカナちゃんもそそられるなぁ~っ」
すっかり上機嫌なツカサは、カナタを離そうとする気がないらしい。
しかし、過激なイタズラは自重してくれたようだ。
カナタは内心でホッと安堵しつつ、自分とマスターの米もペシペシとしゃもじでよそった。
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