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 三人分のカレーを、テーブルに並べた後。  カナタはサラダを盛った皿を持ちながら、テーブルへ戻った。  ツカサとマスターが皿を受け取る中、カナタは一度だけキッチンへ戻り、自分の分のサラダも用意する。  それから再度食卓テーブルへ戻ると、ツカサが笑顔でカナタを見上げた。 「カナちゃん、カナちゃんっ。美味しくなる魔法をかけてっ?」  満面の笑みを浮かべるツカサは、カナタにカレーが盛られた皿を差し出している。  忘れかけていた口約束を思い出しながら、カナタはいつも座っている椅子に座った。 「オレ、正しいやり方とかを知らないんですけど……それでも、いいんですか?」  中途半端な出来栄えのことしかできない。  そう伝えたつもりなのだが、ツカサは笑顔のまま頷いている。 「俺も詳しくは知らないけど、手でこうやってハートを作って……」 「こう、ですか?」 「そうそう! 可愛いね!」  ツカサの真似をするように、カナタは両手でハートを作った。  まるで乙女のようにキャッキャッとはしゃぐツカサを見て、マスターはげんなりとしている。 「だから、よそでやってくれんかのう」  すぐにツカサは笑みを消し、苦言を呈するマスターを振り返った。 「は? 見せつけているって分からないの?」 「この性悪がッ!」  完全に、カナタは巻き込まれている。  マスターの目があることに若干恥じらいつつも、カナタはツカサのカレーに向き直った。  ハートを両手で作ったまま、その手をカレー皿に向ける。 「……おっ、おいしくなぁれっ」  ツカサは目を細めて、恥じらいながらもカレーに愛情を込めている恋人を見つめた。 「からの?」 「……っ。もっ、萌え萌え、きゅん……っ?」 「カナちゃん可愛いっ!」  顔を真っ赤にしたカナタに、ツカサはガバッと抱き着く。  その光景を見て、マスターは思うところがあったのだろう。 「──カ、カナタ、カナタ。ワシにもそれ、やってくれんかのう?」 「──は?」  すぐに、ツカサが冷ややかな目をマスターに向ける。  おずおずとカレー皿を差し出していたマスターは、すぐに背筋を正した。 「なっ、な~んちゃってっ! ちょっぴり可愛い、お茶目なマスタージョークじゃぞいっ!」 「はははっ、笑えなぁ~いっ」  焦るマスターに向けて、ツカサはそう返事をする。  その表情は本人が言っている通り、本当に笑っていない。  しかし……。 「ありがとう、カナちゃん。凄く嬉しいよっ」  カナタに向き直ったツカサの表情は、いつもの笑顔に戻っていた。  ツカサはカナタにすりすりと頬擦りをした後、満足そうにカナタを解放する。 「食べるのがもったいないなぁ……っ。初めての手料理だし、しかもカナちゃんに愛情まで込めてもらっちゃった。このままずっと保存しておきたいけれど、食べないのも失礼だし……悩ましいなぁ、本当に」  ツカサの意識は完全に、カナタが作ったカレーへと向けられていた。  どうやら、マスターは命拾いできたらしい。  ……紆余曲折はあったが。

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