168 / 289
9 : 17
三人分のカレーを、テーブルに並べた後。
カナタはサラダを盛った皿を持ちながら、テーブルへ戻った。
ツカサとマスターが皿を受け取る中、カナタは一度だけキッチンへ戻り、自分の分のサラダも用意する。
それから再度食卓テーブルへ戻ると、ツカサが笑顔でカナタを見上げた。
「カナちゃん、カナちゃんっ。美味しくなる魔法をかけてっ?」
満面の笑みを浮かべるツカサは、カナタにカレーが盛られた皿を差し出している。
忘れかけていた口約束を思い出しながら、カナタはいつも座っている椅子に座った。
「オレ、正しいやり方とかを知らないんですけど……それでも、いいんですか?」
中途半端な出来栄えのことしかできない。
そう伝えたつもりなのだが、ツカサは笑顔のまま頷いている。
「俺も詳しくは知らないけど、手でこうやってハートを作って……」
「こう、ですか?」
「そうそう! 可愛いね!」
ツカサの真似をするように、カナタは両手でハートを作った。
まるで乙女のようにキャッキャッとはしゃぐツカサを見て、マスターはげんなりとしている。
「だから、よそでやってくれんかのう」
すぐにツカサは笑みを消し、苦言を呈するマスターを振り返った。
「は? 見せつけているって分からないの?」
「この性悪がッ!」
完全に、カナタは巻き込まれている。
マスターの目があることに若干恥じらいつつも、カナタはツカサのカレーに向き直った。
ハートを両手で作ったまま、その手をカレー皿に向ける。
「……おっ、おいしくなぁれっ」
ツカサは目を細めて、恥じらいながらもカレーに愛情を込めている恋人を見つめた。
「からの?」
「……っ。もっ、萌え萌え、きゅん……っ?」
「カナちゃん可愛いっ!」
顔を真っ赤にしたカナタに、ツカサはガバッと抱き着く。
その光景を見て、マスターは思うところがあったのだろう。
「──カ、カナタ、カナタ。ワシにもそれ、やってくれんかのう?」
「──は?」
すぐに、ツカサが冷ややかな目をマスターに向ける。
おずおずとカレー皿を差し出していたマスターは、すぐに背筋を正した。
「なっ、な~んちゃってっ! ちょっぴり可愛い、お茶目なマスタージョークじゃぞいっ!」
「はははっ、笑えなぁ~いっ」
焦るマスターに向けて、ツカサはそう返事をする。
その表情は本人が言っている通り、本当に笑っていない。
しかし……。
「ありがとう、カナちゃん。凄く嬉しいよっ」
カナタに向き直ったツカサの表情は、いつもの笑顔に戻っていた。
ツカサはカナタにすりすりと頬擦りをした後、満足そうにカナタを解放する。
「食べるのがもったいないなぁ……っ。初めての手料理だし、しかもカナちゃんに愛情まで込めてもらっちゃった。このままずっと保存しておきたいけれど、食べないのも失礼だし……悩ましいなぁ、本当に」
ツカサの意識は完全に、カナタが作ったカレーへと向けられていた。
どうやら、マスターは命拾いできたらしい。
……紆余曲折はあったが。
ともだちにシェアしよう!