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 嬉しそうに独り言を呟いているツカサを、カナタはチラリと見る。  それから、おもむろに……。 「ツカサさん、あの。オレもひとつ、お願いしてもいいですか?」 「ン? どうしたの?」 「オレのカレーにも、今のやつ……やって、もらいたくて」  カナタはツカサに向かい、自分のカレー皿を差し出した。  普段ならばこうした露骨な行為は、マスターの前だとしない。  しかし今のカナタは、恥も外聞も放り投げた。  なによりも、ツカサと離れていた時間がほんの少しだけ、カナタに【素直な甘え】という力を与えている気がする。  カナタからのお願いに、ツカサは目を丸くした。 「俺の魔法がなくたって、カナちゃんのカレーは十分に美味しいと思うよ?」 「でも、オレにはさせたじゃないですか?」 「それは味の問題じゃなくて、気持ちが理由だからね。シンプルに俺が、可愛いカナちゃんを見たかっただけだよ。……あと、マスターのカレーと差別化したかっただけ」 「真正性悪めが……ッ!」  ポツリと悪態を吐いたマスターを、ツカサはすぐに睨み付ける。 「俺のおこぼれでカナちゃんの手作りカレーが食べられるだけのくせに、なに? なんのつもり? 恥ずかしくないの?」 「お主こそ大人げないぞ! 同居人と老人は労わらぬか!」 「なんで?」 「最低限のモラルじゃろうがッ!」  仲良く喧嘩を始めた二人を見つつ、カナタはシュンとしながら皿を引っ込めた。  そこでツカサは、カナタが落ち込んでいると気付いたのだろう。 「俺で良ければ、しよっか?」  カナタはすぐに、ツカサに向かって顔を上げた。 「カナちゃんみたいに可愛くないけど、それでもいいならやるよ。……どうする?」  ツカサが微笑むと、カナタはコクコクと何度も頷く。  カナタはすぐに、ツカサへカレー皿を差し出す。 「よ~っし! じゃあ、本気でやるねっ!」 「ありがとうございますっ!」  若者カップルが目の前で存分にイチャつく中、マスターは呟いた。  ──頼むから、よそでやってくれ。……と。  * * *  食事を終えて、マスターが入浴を済ませた後。 「──どうしたの、ボーっとしちゃって。ホラ、カナちゃんも早く脱ぎなよ」  脱衣所で、ツカサは恥じらうカナタを見て、微笑んでいた。  迷いなく服を脱ぎ捨てるツカサを見て、カナタは視線を逸らす。  何度見たとしても、他人の裸には慣れない。  ましてやそれが【好きな相手の裸】ならば、なおさらだ。  カナタが戸惑い、そして照れてしまうのは当然だろう。 「ヤッパリ、いつまで経ってもよそよそしいカナちゃんも可愛いね。俺の裸、まだ見慣れない? それとも、自分の裸を見られるのが恥ずかしい?」 「両方、です……っ」 「そう言うと思った。そんなところも、ヤッパリ可愛いね」  上半身裸のまま、ツカサはカナタに近寄る。  そのままカナタの黒い髪を一束だけ掬い、そっと口付けた。 「早くお風呂に入っちゃおう? 俺、もっとカナちゃんとイチャイチャしたい」  素直なツカサの言葉に、カナタは顔を上げる。  いつだって、ツカサは真っ直ぐとカナタに向き合ってくれた。  ……だからきっと、触発されたのだろう。  カナタはポツリと、蚊の鳴くような声で呟いてしまった。 「──ツカサさんに、脱がされたい。……です」  ──あまりにも、カナタらしくない言葉を。

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