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髪や体を洗った後、カナタとツカサは湯船に二人で入った。
すると、ツカサが楽しそうに声を上げたではないか。
「あははっ。今日のカナちゃん、全身で『ツカサさんが大好き』って言ってて、凄く可愛いっ」
現状を見れば、ツカサが上機嫌になるのも頷けるだろう。
──カナタがツカサに正面から抱き着き、肩に顔を埋めているのだから。
珍しく積極的且つ直情的なカナタの様子に、ツカサはご満悦だ。
「俺、カナちゃんの顔が見たいなぁ。ちょっとでいいから、顔を上げてくれない?」
「嫌です……っ」
「それはどうして? 俺の顔を見たくないから? それとも、恥ずかしいからかな?」
「離れたくないから、です……っ」
ギューッと強くツカサに抱き着いたまま、カナタは首を小さく横に振る。
そんなカナタの背に回していた手を、ツカサは意味もなく動かした。
「甘えん坊なカナちゃんも、凄く可愛い。【離れた時間が愛を育む】なんてふざけた言葉があるけれど、今日に限ってはそれもいいかもね」
……否。
「俺は今日、ひとつ変わったことがあるんだよ。それがなにか、カナちゃんに分かる? ……正解はね、凄くシンプル」
その手には、意味があった。
「──俺は今日一日で、カナちゃんのことがもっと好きになったよ」
お湯によって少しだけ温まったツカサの指が、カナタの背を這う。
「カナちゃんはそのまま、俺に抱き着いていて。顔を上げなくてもいいから、そのままでいてね」
「あ、っ。ツカサ、さん……っ?」
「大丈夫、大丈夫だよ。カナちゃんはただ、これから俺になにをされるかってことだけを考えていてくれたら、それでいいからさ」
カナタの背筋をつっと撫でると、ツカサの指はそのまま、カナタの脇腹へと移動する。
──これはもしかして、恥ずかしい行為に進むのでは。
カナタは少しの不安と、大きな期待を抱く。
……だが。
今日のツカサは、少しだけ違った。
「──ワガママなカナちゃんには、お仕置きだ~っ」
「──あははっ! ちょっ、ヤダ、ツカサさんったらっ!」
普段ならば、間違いなく性交へと展開が移行する。
しかしツカサは珍しく、そうしなかった。
──カナタの背に回していた手で、カナタの脇腹をくすぐり始めたのだ。
ツカサによって敏感な体となったカナタは、すぐに身をよじり始めた。
「ふふっ、あははっ! やだ、くすぐったい──あはっ、あははっ!」
カナタが暴れることで、バシャバシャと楽し気な音が浴室に響く。
目尻に涙を溜めつつ、カナタはツカサの肩から顔を上げた。
そうするとすぐに、ツカサの手がカナタをくすぐりから解放する。
「ヤッタ。カナちゃんの可愛い顔が見えるようになったよっ」
「もうっ! 酷いです、ツカサさん……っ!」
「ごめんね、カナちゃん? でも……あははっ。カナちゃんって、くすぐりに弱いんだね? あんなに大きな声で笑ってるカナちゃん、初めて見たっ」
「くすぐったいのは誰だって弱いじゃないですかっ!」
そう言い、カナタはツカサの脇腹に手を伸ばす。
そこで思わず、カナタは動きを止めた。
「どうしたの、カナちゃん?」
ツカサの、男として恵まれ、立派な体躯。
知ってはいたが、こうして改めて意識をすると、妙に照れくさい。
自分は今の今まで、どうしてこんなにも完璧な美丈夫に抱き着いていられたのか。
「……っ」
カナタは時間差で、自分の行動を恥じ入り始めた。
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