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浴室から出て、着替えを終えた後。
「ツカサさん、オレ……【おばあちゃん】には、ならないですよ?」
ツカサが用意してくれたホットミルクを飲みながら、カナタはダイニングで呟く。
ツカサは自分用のカップを手にして、カナタの隣に座った。
「それって、さっきお風呂で俺が言ったこと? そこを気にしていたの?」
「オレ、男ですから」
「あははっ! 分かっているよ、大丈夫! カナちゃんのこと、女の子扱いなんてしてないからね?」
ツカサは楽しそうに笑いながら、カナタの頭を撫でる。
「仮になったとしてもって意味だよ。おじいちゃんだろうとおばあちゃんだろうと、カナちゃんがどっちになっても、俺は【カナちゃんがカナちゃんでいてくれる】なら、変わらず大切にするからさ」
カップを両手で包みながら、カナタは顔を上げた。
その目は真っ直ぐと、ツカサに向けられている。
「……オレが変わってしまっても、ですか?」
ドキドキと、心臓が嫌な鼓動を打つ。
ツカサは以前、カナタを絞め殺そうとするほど【変化】を恐れた。
だからこそカナタにとっては、ツカサの言葉が予想外で。
ツカサはニコリと笑いながら、カナタの頭を撫で続ける。
「おかしなことを言うんだね。カナちゃんが俺に教えたくせにさ」
「オレが、ツカサさんに?」
「そう。カナちゃんがカナちゃんであることに変わりがないのなら、変化を遂げた後のカナちゃんも、カナちゃんであることに変わりないって。そう俺に教えてくれたのは、他でもないカナちゃんでしょ?」
ツカサの言葉に思わず、カナタは胸が詰まりそうになった。
ツカサは、変わってきている。
その変化は大きなものかもしれないし、小さなものかもしれなかった。
それでも、カナタはツカサの【変化】を『嬉しい』と思える。
カナタはパッと俯いて、ポツポツと呟く。
「今日のツカサさんは、なんだかいつもより……カッコいい、です」
「ホント? カナちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁっ」
「それに、なんだか……可愛い、です」
「それは……ちょっと、予想外。俺、可愛い? カナちゃんと比べたら、誰だって可愛くないと思うけど。……まぁ、誰だってカナちゃんと比べることすらおこがましいけどさ」
頭を撫で続けてくれるその手に、カナタの胸はトクトクと高鳴る。
これはさっきまでの鼓動とは、全く違う。
少しだけ苦しくて、だけど心地良い気持ち。
カナタは温まったカップに口を付けて、呟いた。
「──これ以上、好きにさせないでください……っ」
カナタの呟きが聞こえたのか、カナタの頭を撫でていたツカサの手がピタリと止まる。
カナタはホットミルクを啜った後、ツカサを見上げた。
そこでカナタは、目を丸くしてしまう。
「──それは、ダメ。カナちゃんには俺のこと、もっと好きになってほしいからさ」
そう言うツカサの目が、とても嬉しそうに細められていたのだから。
「俺ナシじゃ生きていけないくらい、俺のことを好きになってほしい。俺はカナちゃんナシじゃ生きていけないんだから、俺の恋人であるカナちゃんもそう在るべきだよ。だから、沢山好きになることはなにも間違っていないし、怖いことでもない。むしろそれは、当然のこと。……そう思わない?」
ツカサの理論は、相変わらずだ。
そんなツカサに、カナタは同じだけのものを返せているのだろうか。
……だがきっと、そう言っても『貸し借りじゃないよ』と、ツカサは笑うのだろう。
そしてきっと、愛おし気にカナタのことを抱き締めるのだ。
「ヤッパリ、ツカサさんはズルい人です」
今日はカナタにとって、とても長い一日だった。
けれど、不思議と……。
──とても、充実していた一日だったように思える。
カナタは椅子を少しだけ動かし、隣に座るツカサとの距離を詰めた。
そのままカナタはツカサに寄り添い、顔を上げる。
「──大好きです、ツカサさん」
囁いたカナタは、至極幸福そうな微笑み浮かべていた。
9章【そんなに依存させないで】 了
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