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 ツカサにいびられた末に居残り掃除を命じられたマスターが、ようやく帰宅した時。 「──マイラブスウィートハニ~ッ!」  彼の頬を濡らす涙は、意味合いを変えていた。  まるで磁石で引き寄せられているかのように、マスターは目にも留まらぬ速さでウメへと飛びつく。  子供のように擦り寄るマスターを抱き締め返して、ウメはニカッと快活な笑みを浮かべた。 「久し振りだね、シグレ! 元気にしていたかい?」 「ウメ不足で死ぬかと思ったぞい~っ!」 「そうかいそうかい! アタシはてっきり、ツカサに殺されたもんだと思っていたよ!」 「それがさすがに酷すぎぬか! じゃがそんなところも愛しておるぞ~っ!」  じゃれ合う二人を眺めつつ、ツカサは「噴飯ものだねぇ」と言いながら食事をしている。……その目は、全く笑っていなかったが。  マスターが戻ってくる、その少し前。ウメはテキパキと素早く四人分の食事を用意し、カナタとツカサに着替えてくるよう伝えていた。  着替えを終えた二人は、ウメが用意した料理を食べ始める。……ことはなく、ツカサがいつの間にか用意していたらしいパンを食べることとなった。当然、ツカサのお手製だ。 「あ~、耳障りで目障り。早くどこかに出掛けてほしいよ」  パンをちぎりながらそう呟くツカサを、カナタはチラリと見つめる。  ツカサが作り置きしていたジャムをパンに塗るカナタは正直、内心穏やかではない。  マスターとの熱い抱擁を終えたウメはすぐにツカサを振り返り、その両腕を広げる。……まるで、ツカサの機嫌や呟きを一切気にしていない様子だ。 「来な! ツカサ!」 「行くワケないよね?」 「じゃあ、カナタ! おいで!」 「行かせるワケないよね?」  ガッシリと、ツカサの手がカナタの膝を掴む。決して椅子から立ち上がらせないという強い意思を感じるほどの力強さだ。  ウメはムッと唇を尖らせて、素っ気ない態度を向け続けるツカサを見た。 「なんだい、肝っ玉の小さい男だね。それに、相変わらず素直じゃないよ。……はっ! これが俗に言う【つんでれ】ってやつかい!」 「ホンット、存在が不愉快」 「とか言って? 本当は当分の間アタシと一緒にいられて嬉しいんだろう?」 「当分の間ここに残ることを今知って、絶望に打ちひしがれているところだよ。早くどっか行って。マスターと一緒に」 「さり気なくワシも追い出そうとするな!」  三人の会話を聴いていたカナタは、あることにピンと気付く。 「ということは、明日からはウメさんもお店に出てくれるのでしょうか?」 「おっ、さすがカナタ。目敏いねぇ? その賢さに敬意を表して、アタシの二の腕を触らせてあげようか」 「カナちゃんが誰かの二の腕を触りたいなら、俺以外のを触らせるワケないでしょ」  依然として、ツカサは不機嫌そうだ。 「早く次の旅行先を決めなよ、ウメ。いられると迷惑。この家にじゃなくて、この国に」 「なんだい、つれないねぇ! 母親に向かってそんな口を利くもんじゃないよ! まったく。アタシはアンタをそんなふうに育てた覚えはないんだからね!」 「奇遇だね。俺もウメに育てられた覚えはないよ」  実に不服そうな様子で、ツカサは手製のジャムをパンに塗っている。  正直なところ、カナタは驚いていた。突然拗ねて見せたり激昂したりするツカサのことは見たことがあったが、こうして静かに怒り続けるツカサは珍しいからだ。 「カナちゃん。服にパンくずが付いているよ。カナちゃんはどんな時でも、俺にとって一等可愛い子だね。凄く癒されるよ」  カナタへの愛情表現は、普段通りだが。

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