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 ウメが喫茶店に戻ってきて、数日。  相変わらずツカサはウメを邪険にしているが、それ以外は至って平和な日常が続いていた。  二人の関係性もそれはそれで心配だが、カナタにはなにをすべきでなにをしない方がいいのか。それが、分からなかった。  そんな、ある日のこと。 「ウメさんって、明るくて美人で面白くて……しかも仕事ができて、いい女の人だよね~」  閉店後の店内で、リンは床掃除をしながらそんなことを呟いた。  ツカサからの評価は底辺だが、どうやらリンからの評価は高いらしい。ちなみにどちらかと言えば、カナタが抱くウメへの評価も高い。ツカサには、言いづらいが。 「僕としては、職場内恋愛が一組増えて超ラッキーって感じ!」 「リン君は相変わらずだね」 「でっしょ~っ? いや~、照れるな~っ」  褒めたつもりではなかったが、リンは嬉しそうだし、楽しそうだ。  ……しかし、確かにウメは凄い。どのくらいの期間旅行に行っていたのかは知らないが、常連の顔はしっかり憶えていた。しかも常連の方も、ウメのことをしっかりと憶えているのだ。  仕事は文句のつけどころがないほどできているし、なにより店内の雰囲気がいつもよりパッと明るくなった感じがする。 「ヤッパリ、女性店員がいるって結構重要なのかもね~。……そうだ! いっそのこと、カナタ君もスカート穿いてみる?」 「──それはいい案だね!」 「「──うわっ!」」  突如二人の会話に入ってきたのは、話題の人物ウメだ。  リンの言葉に素早く同意した後、ウメは『ウメが来た』と二人に認識されると同時に、カナタのことを羽交い絞めにした。 「えっ、えぇっ? ちょっと、ウメさんっ?」 「ホラ、リン! 早くカナタのズボンを脱がせな! いっそ、下着ごと脱がしたっていい! この店のマスターの嫁であるアタシが許可するよ!」 「えっ、それは──」 「ごめんなさい、ウメさん! 僕、カナタ君に指先ひとつでも触れると【極刑】と言う名の死刑になっちゃうんで!」 「なんて荒んだ職場だい!」 「あの、ウメさん! 放してください!」  バタバタと小さく暴れてみるが、ウメはカナタを解放するつもりがないらしい。 「じゃあ、ツカサに脱がしてもらおうかね! どうせ毎晩──」 「ウメさんっ!」  なんてことを言うのかと、カナタは顔を真っ赤にする。……その反応を見てリンがニヤニヤしているが、それはそれだ。  必死に暴れた後、カナタはなんとかウメから逃れることに成功する。  すると──。 「──なにやってるの」  ツカサが厨房から姿を現したではないか。  カナタの肩を掴み、ツカサは強引に引き寄せる。その手つきはどことなく優しいが、目は全く優しくない。  すぐにツカサはカナタへ向き直り、ニコリと笑みを浮かべた。 「カナちゃん、コレ、護身用に持っておいて?」 「なんですか、これ……?」 「──催涙スプレーとスタンガン」 「──すぐに捨てな、カナタ」  なんてものを恋人に渡すのか。カナタは思わず、ツカサからの護身用アイテム──もとい、プレゼントを落としそうになった。  しかもご丁寧に、可愛らしいリボンでラッピングされているのだ。包装だけを見ると実にファンシーなプレゼントだろう。……さすがに物騒なので、丁重に返したが。

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