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部屋にある、ベッドの上。
そこに並んで腰かけると、ウメはすぐに口を開いた。
「──アンタ、ツカサと出会えて幸せかい?」
言葉の意味合いを、カナタは把握しかねる。
これはただの【恋バナ】なのか、それともそれ以外のなにかかもしれない。カナタはすぐに、そんな違和感と疑問を胸に抱く。
しかし、どんな意味合いの言葉であったとしても、答えはひとつだ。
「幸せです。オレは、ツカサさんと出会えたことを嬉しく思います」
カナタらしい真っ直ぐな答えに、ウメは緩く口角を上げた。
「人との出会いなんてものはね、所詮は天の配剤さ。その後どうするかは、人間次第。その後どうできるかが、人間様の腕の見せ所ってわけ」
「それは、どういう意味ですか?」
「アンタが今を【幸せ】として捉えられているのは、いったい誰のおかげなのかってことかね?」
疑問に疑問で返されると、先に送ったカナタの疑問は解決されない。ウメの言葉は、カナタにとって難しいものだった。
「ウメさんは、神様を信じているんですね」
「別に、私は神を信じているわけじゃないよ。……ただ、そうだね」
言葉を区切った後、ウメは脚を組んだ。
「この世界に起こる不可思議な現象の理由たり得る存在が、私には【神】以外に思いつかないだけさ」
これは、説教なのか。それとも、ツカサとの出会いを【運命】としてウメも捉えているのかは、分からない。そのせいか、カナタは表情から『よく分からないです』とウメに伝えてしまう。
戸惑うカナタに気付いたのか、ウメはニコリと笑みを浮かべた。
「アンタは旦那を大事にしてやりなよ?」
「えっ、いや……っ。ツカサさんはまだ、オレの旦那さんじゃなくて──」
「年寄りからの助言には『はい、分かりました』って言っておけばいいんだよ。アドバイスをくれる年寄りってのは、大体が経験談だ。ダチの自己顕示欲が導き出したちんけなアドバイスと同じにするんじゃないよ」
「えっ、あっ、んんっ? えっと、はい。分かり、ました?」
「うん、よろしい!」
笑みを浮かべるウメを見ていると、やはりどうしたって六十代の女性には見えない。多く見積もっても、自分の両親と同い年くらいだ。
依然として話題の目的が分からないまま、カナタはウメが発する声に耳を傾ける。
「いいかい、カナタ。アンタは、旦那を大事にしてあげな。……私はこの通り、駄目な女だからさ」
「そんな……。マスターさんにとって、ウメさんが駄目なお嫁さんだったとは思えません。ウメさんは、素敵なお嫁さんですよ」
「そうかい? それじゃあ、ちょっと調子に乗ってみようかね? ……カナタ。アンタはこれから、どうなりたいんだい?」
「どう、なりたいか……っ? 突然、ですね?」
「そうだね。だけど、アタシがアンタと話したかったのはこのことさ。ツカサとでもいいし、自分自身のことでもいい。アンタはこれから、そしてこの先……いったい、どうなりたいんだい?」
送られた問いを受けて、ようやくウメが来訪して来た意味が分かったような気がしてきた。
もしかするとウメは、ツカサの恋人であるカナタがどんな男なのかを試しているのかもしれない。そう気付くと同時に、カナタは自分なりに精一杯の回答を口にする。
「オレは、ツカサさんに対して胸を張れる男になりたいです」
「へぇ? つまり今のアンタは、ツカサに胸を張れない男ってことかい?」
「恥ずかしい話、ですけど。今は……はい。オレはまだ、ツカサさんだけじゃなくて誰にも胸を張れない。そんな、情けない男だと思います」
「アンタが自分自身をそう思う根拠は?」
ここでのベストアンサーは、嘘でもいいから『自分は立派な男』と言うことだったのかもしれない。……しかし、カナタにはそんな言葉を口にできなかった。
それは嘘を吐くことに罪悪感を抱いたわけでは、決してない。
会話の相手が、ツカサにとって親のような存在──ウメだからだ。
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