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カナタは膝の上でギュッと拳を握り、必死に唇を動かした。
「オレ、言えていないんです。可愛いものが好きってことも、ツカサさんと付き合っていることも。……親に、言えていないんです」
ウメはおそらく、カナタが【可愛いものが好き】ということを知っているだろう。以前の口ぶりから察するに、旦那であるマスターとはよく連絡を取り合っていたのだから。
仮に知らなかったとしても、隠す理由はどこにもない。マスターに言えたのだから、ウメにだって言える。
……だが、相手が【実の親】となると、話が少しだけ変わった。相手が近しくあればあるほど、カナタの告白はハードルが高くなってしまうのだ。
──気味悪がられたら? カナタは誰からの拒絶よりも、傷付くだろう。
──交際に関しては? カナタは誰からの否定よりも、傷付くだろう。
「それと、もうひとつ。オレは、ツカサさんを変えたいです。これは一方的な気持ちですけど、ツカサさんの視野をもっと広げたいです」
「あの子がアンタに盲目的且つ一点集中だってことは、さすがに自覚があるみたいだね?」
「自意識過剰でなければ……えっと、はい」
旅行から帰ってきたばかりのウメでさえ、そう感じているのだ。ずっと大きな愛情を向けられているカナタが気付かないわけがない。
自分の気持ちを素直に答えると、問い掛けたウメ本人が、すぐに口を開いた。
「──ツカサを変えたいなら、先ずはアンタが変わるべきじゃないかい?」
それは、分かり切っていた核心だ。
……分かり切っていたからこそ逃げていた、核心だった。
「カナタは近い将来、ツカサと結婚するつもりなんだろう? さっき、アタシに『まだ旦那じゃない』って言っていたんだから、ゆくゆくはそうなるつもりってことだ。……違うかい?」
「違わない、です」
「それで? その後はなにもないのかい?」
「……その後、ですか?」
結婚した、その先。ウメが訊いているのは、そういうことだ。
それはおそらく【子供を産む】とか、そういった一般的なことを訊いているのではない。ウメが確認しようとしているのは、文字通り【その先】だ。
「今のアンタたちはね、アタシからすると【刹那主義同士が手を取り合ってのほほんとしているだけ】に見えるんだよ。現状の【両想い】に甘んじて、その先を考えようとしていない。もしくは口では考えているように言いながら、現実的にはなにも動いていないってところかね」
「そんな、こと……っ」
「違うかい? それなら今すぐにでも謝るべきなんだろうけど、反射的に『違う』と否定しなかったアンタには生憎と、アタシは謝る気が起きないよ」
言葉が、詰まる。反論をできなかったということは、カナタは言外に【ウメの言葉を認めてしまった】のだ。
本当に、カナタは『そんなことはない』と言えるのだろうか。家族になにひとつ打ち明けられていない自分をそう評価しても良いのかなんて、答えが決まり切っているというのに。
ツカサに関してもそうだ。ウメやそれ以外の人間にも露骨な敵意を向けるツカサは、果たしてウメが告げる言葉を否定する材料になるのだろうか。
強くなろうとした。そう、カナタはツカサに誓ったのだ。
変わりたいと願った。その一歩目として、カナタはマスターたちに『可愛いものが好きだ』と自ら打ち明けたのだ。
……だが果たして、その後は?
いったいカナタは、自分たちのためになにをしたのか。
──【ツカサのため】に、なにをしてきたのだろう?
すっかり黙り込んでしまったカナタを見て、ウメはクスリと笑みを浮かべた。
「少し、意地が悪かったかね。……まっ、アンタが『自分探しの旅に出たい』って言うなら、長期休暇くらいは用意してあげるよ」
冗談交じりで、本気のような提案。カナタは俯きかけていた顔を、ウメに向けてそっと上げた。
「どうして、そこまで言ってくれるんですか?」
カナタの問いに、ウメは笑みを浮かべる。
そのままゆっくりと、ウメにとっては当然の答えを口にした。
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