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 カナタに詰め寄っていたツカサが、顎から指を放す。  それはとどのつまり、標的の変更を意味していた。 「お前、いつまでここにいるつもり? 早く出て行きなよ、目障りだから」 「なぁ、カナタ? アンタもしかして、ソトヅラだけでツカサを選んだのかい? コイツの性格は最悪だよ?」  故意的かと疑うほど、ウメは的確にツカサが嫌がるポイントばかりを言葉で突く。  それが【怒りの矛先をカナタからウメに向けるため】と気付くまで、カナタは時間を必要以上に要してしまった。 「まぁ、見てくれは確かになかなかいいだろうけど──」  ──だからこそ、ツカサの凶行を未然に防げなかったのだ。 「──カナちゃんを侮辱するなッ!」  カナタの顎を掴んでいた指が、その矛先を変える。  ウメに掴みかかったツカサに、カナタは慌てて手を伸ばした。 「ツカサさんっ! 駄目です、落ち着いてくださいっ!」 「カナちゃんを他の有象無象と一緒にするなッ! カナちゃんは違うッ! カナちゃんは他の奴等とは違うんだよッ!」 「駄目っ、ツカサさんっ! 冗談ですからっ、だから落ち着いてくださいっ!」  ツカサの腕を掴み、カナタは精一杯ウメからツカサを引き離そうとする。  ウメに向かって目線で『早く逃げて』と伝えるが、カナタに返されたのは全く求めていない【笑顔】だった。 「アンタがそこまで誰かに執着できるなんてね。驚きだよ」 「お前には関係ないだろッ!」 「──うわっ!」  完全に、ツカサは我を忘れている。  腕にまとわりつくカナタを強引に引き剥がし、そのままツカサはカナタをベッドの上に突き飛ばしたのだ。  思わず倒れ込んでしまったカナタが上体を立て直した時には、もう遅い。 「──俺はお前のことが大嫌いなんだよッ!」  ──そう叫ぶツカサの両手が、ウメの首に回されているのだから。 「俺はお前が『旅先で死ねばいいのに』って何度も願ったッ! 二度と帰ってこなければどれだけいいかと何度も何度も思ったッ! なのにッ、お前は帰ってきたッ! それだけならまだ我慢もできたのにお前はいつも俺にまとわりついてくるッ! なんでお前はいつもいつも俺の神経を逆撫でするんだよッ! 挙句の果てにッ、どうしてお前はカナちゃんにまで害を及ぼすんだッ!」 「やめてっ、ツカサさんっ!」 「答えろよッ、ウメッ!」  起き上がったカナタは、必死にツカサの手をウメから引き離そうとする。  こんな危機的状況だというのに、たった一人……。 「──それが独善独断だと言われたって、アタシはアンタに構うよ。アタシは、アンタの【母親】だからね」  ──ウメだけは、笑みを浮かべていた。  ウメから返ってきた答えに、ツカサの指が跳ねる。 「……それはもう、聞き飽きたよ。俺には、母親なんて要らない……ッ。俺にはカナちゃんさえいたら、それ以外はなにも要らないんだよ……ッ! いい加減、お前が俺にとってジャマなんだって理解しろよ、クソ女……ッ!」 「そうかい? だけど、アタシはアンタの世界にアンタ以外の誰かが侵入できているその変化にさえ嬉しく思うよ。……実に、母親らしいだろう?」 「なんだよ、ソレ……ッ。ホンット、お節介ババァだな……ッ」  ツカサの腕を掴むカナタは、すぐに気付いた。 「サッサとくたばってよ。俺の目が届かない、どこか遠いところでさ」  ツカサにはもう、ウメに対する殺意が残っていない。 「それは無理な相談だねぇ? アタシが死んだら、シグレが病んじまうよ」  ウメは初めから、ツカサの殺意が長続きしないと分かっていたのだ。……ということに。

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