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「俺、結構本気で怒っているつもりなんだけど」  カナタはクーラーボックスから顔を上げて、ツカサを見る。  それから、小さく微笑んだ。 「それでも、優しさを感じます」 「……っ」  クーラーボックスをカナタの代わりに持とうとするツカサの手を握ってから、カナタはニコリと優しい笑みを浮かべる。 「だから、オレはツカサさんが大好きです。いつも、オレのことを考えてくれて嬉しいです。……オレも、ツカサさんに同じものを返せているといいのですが」  そう言い、カナタはツカサの指にキスをした。  突然贈られた口付けに、ツカサは目を丸くする。……当然、その反応を見てカナタは顔を赤らめるのだが。 「えっと、その……。……ツカサ、さん?」  突如として黙ってしまったツカサを見上げて、カナタは赤い顔を少しだけ傾げる。  もしかして、揶揄ってしまったように見えたのか。そんな不安感が、カナタの心を駆け巡る。  するとツカサは、なぜか大きなため息を吐いてしまった。 「……もうっ、ズルいなぁ~っ。そんなこと言われちゃったら、赦すしかないじゃん」  顔を上げたツカサは、ダイニングでの時と同じように笑みを浮かべている。 「俺も、カナちゃんが大好きだよ。両想いだねっ」  どうやらカナタが思っていなかった形で、ツカサは上機嫌になったらしい。カナタの手を握り返し、ツカサは笑みを浮かべている。 「だけど、どうせなら口がいいなぁ。……ねぇ、カナちゃん。もう一回して?」 「口っ? えっ、あの、そのっ」 「俺、カナちゃんがウメと仲良くしていてイヤだったなぁ。車、運転できないかも。カナちゃんが口にキスしてくれたら、機嫌も一発で直っちゃうんだけどなぁ」 「そっ、それは、ここだとちょっと……っ」 「じゃあ、車の中は? 車の中でなら、カナちゃんから舌を入れてくれる?」 「しっ、舌っ? うっ、うぅ~っ」 「──途中からいるワシの気持ちを考えたことはないのかのう」  ツカサ以外の声に、カナタは慌てて背後を振り返った。  そこに立つ男──マスターは、げんなりとした表情で二人を見ている。おそらく、見送りにでも来てくれたのだろう。恩を仇で返されたような顔になっても、仕方がない。  ツカサはカナタの腰を引き寄せ、まるで牽制するかのようにマスターを睨む。 「なに見てるの。見世物じゃないんだけど」 「勝手におっぱじめられたワシの気持ちッ!」 「別に、俺たちがどこでどう愛を確かめ合ったっていいでしょ。どうせ、そっちはそっちで今晩盛り上がるんだからさ」 「ちょっ、ちょっと! ツカサさんっ!」 「こりゃこりゃ、もぉ~うっ! ツカサはおませさんじゃのぅ~っ!」 「あははっ、ウザ~いっ」  マスターは、照れ笑いを。ツカサはどことなく威圧的な愛想笑いを浮かべている。……その空気は、包み隠さず険悪だ。無論、主成分はツカサだが。  満更でもなさそうに照れているマスターに『行ってきます』の挨拶をすると、マスターは上機嫌にスキップをしながらダイニングの方向へと去って行った。

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