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カーポートから車を動かすツカサを隣で見ながら、カナタは声をかける。
「ツカサさんって、運転できるんですね」
ツカサとは一日のほとんどを共に過ごしていたが、こうして車の運転をしている姿を見たことはなかった。新鮮な姿に、カナタは思わず見惚れてしまう。
「一応ねぇ。モチロン安全運転第一だし、今までず~っと無事故無違反だよ。なんだったら、後で免許証見せてあげようか? 酷い顔だけど」
「どうして酷い顔をしているんですか?」
「なんだろうねぇ。【暗黒期】みたいな?」
「えぇっ? なんですか、それ?」
「本当にねぇ。でも、カナちゃんと出会う前の俺はそんな男だったよ。世界全てが嫌いで、俺自身も大嫌い。そんな目をした男の写真が、俺の免許証には貼られている。だから、酷い顔」
そう言いながら、ツカサは車を走らせる。
……そんなに酷い顔をした自分なら、本来は誰にも見せたくないのではないか。カナタは頭の片隅で、そんなことを考える。
だがそれを、ツカサはカナタに『見せてあげる』と言った。それはツカサにとってどうということもないという意味なのか、カナタに見せて困る理由はないということなのか……。
考えるだけ無駄だと思い、カナタは話題の方向性を変える。
「でも、凄いです。オレは免許を持っていないので、運転ができるツカサさんをカッコいいなって思います」
「ホント? ……実は俺、免許なんて取るつもりなかったんだよ。だけどマスターが自分の免許証を何度も何度もチラつかせてきてさ、ウザかったんだよね。だから、取っちゃった」
「ピアノを弾き始めた理由と似ていますね」
「確かに。俺って負けず嫌いなのかなぁ? ……イヤ、違うね。マスターの鼻を明かしたいだけだ」
「あははっ!」
ツカサらしいエピソードに、カナタは楽しそうに笑う。
「でも、カナちゃんが『カッコいい』って言ってくれるなら、行動の起源はなんであれ、免許を取って良かったよ。運転する俺のこと、もっと見つめていてね?」
すぐに、ツカサはなにかが閃いたらしい。
「そうだ! ねぇ、カナちゃん。なにか、俺に取ってほしい免許はある? カナちゃんのためならなんでも取るよ?」
どうやらツカサは、カナタから『カッコいい』と褒められたいようだ。前を向きながらも、口角が楽しそうに上がっている。
ツカサの下心に薄らぼんやりと気付きつつ、カナタは考え込む。
「免許とか資格に、あまり詳しくなくて……。例えば、どんなものがありますか?」
「俺ならきっと大抵のものなら取れそうだけど、例えば……フォークリフトの運転免許とか、ボイラ技師の資格とか?」
「今の仕事だと使い道はあまりないかもしれませんね……」
「確かに、これじゃあ披露する機会がないからカナちゃんに『カッコいい』って言ってもらえないよね。じゃあ、そのふたつはやめておこうかな」
取ったら取ったで凄いとは思うが、あえてそう言わない。言ったら取りそう──もとい、確実に取るだからだ。
使う予定のない資格や免許のために勉強する時間を取られるのは、シンプルに言ってしまうと嫌だった。
カナタとしては、仕事終わりは可能な限りツカサと時間を共有したい。だからこそ、カナタはそれ以上の言葉を付け足さなかった。
……それら全てを伝えた場合、ツカサにとってはこの上ないパーフェクトコミュニケーションとなるのだが……カナタはそこまで気が回らなかった。
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