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 ふと、カナタは気付く。  よくよく考えてみると、カナタはツカサのことをあまり知らない。こうして誰にも邪魔されずに会話だけができる時間は、ある意味貴重なのでは。……と。  すぐに、カナタはツカサに目を向けた。 「ツカサさんの趣味って、なんですか?」 「唐突だね? なになに、お見合いごっこ?」 「そっ、そういうわけでは……っ! ただ、オレはツカサさんのことをあまりよく知らないので……せっかくだから、と」 「あぁ、なるほどねぇ。いいよ、なんでも答える。秘密主義ってワケじゃないしね」  言葉を区切ってから、ツカサはニコニコと会話を続行する。 「趣味、か。……カナちゃん関係を除くなら、読書かな。本って、作者の考え方によって物語が全然違うでしょう? その差を見るのがそこそこ滑稽──じゃなくて、結構楽しいよっ」 「こっ、えっ? ……えっと、それじゃあ、好きな食べ物は?」 「それはモチロン、カナちゃんが作ってくれたカレーだよ。ホント、おいしかったなぁ……っ。マスターも食べたことがあるっていうのだけは、本当に腹立たしいけど。あの舌、引き抜いてやれば良かったなぁ」  穏やかな質問のはずなのに、なかなか思うような方向性にならない。  仄暗い表情のツカサを隣で眺めつつ、カナタは別の話題を探した。 「それじゃあ、えっと。……あっ、夢! ツカサさんは【子供の頃の夢】ってありましたか?」 「夢かぁ。……【安定した収入】かなぁ」 「なんだか、夢がないです……」 「えぇ~、酷いなぁ? 堅実的な男の子って言ってもらいたいよっ。……ちなみに、そう言うカナちゃんは?」 「オレは……」  返された問いに、カナタは言葉を詰まらせる。 「……実はオレ、夢とかやりたいことがなかったんです。仕事という意味でもそうですし、趣味でもそう。進路が全然思い描けなくて、全然決められませんでした」 「そうなの? ちょっと意外かも。ケーキ屋さんとかお花屋さんとか、雑貨屋さんとかが子供の頃の夢かと思ってた」 「確かにそういう職種も魅力的だとは思いましたけど、ピンとこなくて……」  無趣味さに嫌気が差していたのは、なにも今に始まったことではない。カナタは【可愛いものが好き】という以外、自分に個性らしい個性を感じたことがなかった。 「そんな時に、お母さんが『知り合いが経営しているから』って言って、オレに今の職場を見つけてくれました。それで、進学先も就職先も決まっていないのはちょっとなと思って、なんとなく……。凄く、情けないですよね」 「そんなことないよ。最終的に、就職先としてあの店を選んだのはカナちゃんでしょう? だったら、それはちゃんとした【選択】だよ。俺なんて、ただの逃避だからねっ」  至極明るくそう言いのけるツカサを見て、カナタはブンブンと頭を左右に振る。 「それでも、ウメさんについて行くと決めたのはツカサさんです。オレが情けなくないなら、ツカサさんも同じです」  カナタの言葉に、ツカサはハンドルを握る指を跳ねさせた。 「そう、かな。……そっか。じゃあ、お揃いだね」 「はい。お揃いです」  信号によって、車が一時停止する。 「……カナちゃん、どうしよう」 「はい?」 「キスしたくなっちゃった」  前を向いていたツカサの目が、助手席に座るカナタへと移された。 「……ダメ?」 「っ! ……さっ、さっきも、したじゃないですか……っ」 「もっとしたい。今度は俺から、カナちゃんに」  子犬のような目でカナタを見つめるツカサは、確実に『イエス』を取るつもりしかないようにも見える。 「──寄り道しても、いい?」  甘えるような声に、カナタは息を呑んだ。  熱っぽい視線で見つめられて、カナタがツカサを拒めるわけがない。……しかし、それを伝えることもカナタにはできないのだ。  ゆえに、カナタはツカサから視線を外した。 「……運転手は、ツカサさんなので。ツカサさんが行きたいところに、行きたいです……っ」  多少、卑怯だと自覚していながら。

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