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車の中で会話を続けて、時間が経ち。
「ここのオムライスがすっごくおいしくて。オレ、この店でオムライスを好きになったんですっ」
カナタとツカサは、カナタが暮らしていた街のとある喫茶店に来ていた。
メニュー表を見せながら、カナタは隣に座るツカサにそう語る。
……ちなみに余談ではあるが、カナタはツカサの正面に座ろうとしたのだが腕を掴まれ、拒否権無く隣に座っている状況だ。
上機嫌に語るカナタを見てから、ツカサはカナタが持つメニュー表に視線を落とす。
「……ふぅ~ん」
メニュー表を眺めながら、ツカサはどこか緩い相槌を打つ。
ウメに話していた通り、ツカサはカナタのお気に入りだった店に来ている。そして、カナタの好きなメニューを聴き出したのだ。……その割には、どことなくテンションが低く見えるが。
それからすぐに顔を上げたツカサは、ニコリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺もそのオムライスを食べてみようかな」
「本当ですかっ? それなら、違う種類のものを頼みませんかっ?」
「あぁ、ソースが違って二種類あるんだね。いいよ、別々のにしよう」
「ありがとうございますっ」
デミグラスソースと、ケチャップソース。違いのあるふたつを頼んでから、カナタはルンルンと料理が届くのを待つ。
出された水を飲みながら、ツカサは隣に座るカナタを見た。
「なんだか上機嫌だね。このお店、そんなに好きなの?」
「そうですね。マスターさんの家に引っ越す前までは家族でよく来ていたので、なんだか少し懐かしい気分です」
「へぇ。地元ってそういうものなんだ」
「……ツカサさんは、好きな店とかなかったんですか?」
水の注がれたコップを置き、ツカサは頬杖をつく。
「あんまり思い出せない、かな。家ではほとんどコンビニ弁当かスーパーのお惣菜を食べていたけど、外食なんてしたことあったっけ。……あったかもしれないけど、誰となにを食べたのかも覚えてないや。だから、カナちゃんにとってのこのお店~みたいなものはないかも」
「そうですか……。ツカサさんが好きだった料理とか、食べてみたかったですけど……」
「俺の好きな料理はカナちゃんお手製のカレーだよ?」
「……今度また、作りましょうか?」
「ホントっ? マスターとウメには食べさせないでね?」
「えっと、善処します?」
会話をしながら、ツカサはカナタの髪を指先で弄び始める。
「ご実家に着いたら、こうしてカナちゃんに触るのも自重しなくちゃなぁ……」
「オレの部屋でなら、いいですよ?」
「それはモチロン。でも、俺は隣にカナちゃんがいるならずっと触っていたいんだよ。一分一秒、今のカナちゃんをムダにしたくない」
男にしては長めな黒髪を、ツカサは指の先で堪能するようになぞった。
「……カナちゃんのお義母様は見たことがあるけど、お義父様ってどんな人?」
「あまり表情は変わらないですけど、優しい人です。少し厳しいかもしれませんけど、それも愛情かなって」
「そっか。……ステキなご両親だね」
今度はクルクルと、カナタの髪を指に巻き始めたらしい。
「……緊張、していますか?」
どことなく様子がおかしいツカサに対し、カナタは不安気な瞳を向ける。
すると意外にも、返ってきたのは覇気のない言葉だった。
「少し? ……俺、人を騙したりいいように動かしたりするのは得意だけど、健全な人付き合いは得意じゃないから」
「あっ、えぇっと……だ、大丈夫ですよっ。オレがいますからっ! ……オレも、緊張していますけど」
「あはっ。俺たちって、どこまでいってもお揃いだねっ」
指に巻かれた髪に、ツカサはそっとキスを落とす。
「ご実家に俺を誘ってくれて、ありがとう」
「……いえ。来てくれて、ありがとうございます」
カナタは一度、ツカサの太腿に指を這わせた。
──すき。
その一言を、指先で書くために。
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