210 / 289

11 : 10

 車の中で会話を続けて、時間が経ち。 「ここのオムライスがすっごくおいしくて。オレ、この店でオムライスを好きになったんですっ」  カナタとツカサは、カナタが暮らしていた街のとある喫茶店に来ていた。  メニュー表を見せながら、カナタは隣に座るツカサにそう語る。  ……ちなみに余談ではあるが、カナタはツカサの正面に座ろうとしたのだが腕を掴まれ、拒否権無く隣に座っている状況だ。  上機嫌に語るカナタを見てから、ツカサはカナタが持つメニュー表に視線を落とす。 「……ふぅ~ん」  メニュー表を眺めながら、ツカサはどこか緩い相槌を打つ。  ウメに話していた通り、ツカサはカナタのお気に入りだった店に来ている。そして、カナタの好きなメニューを聴き出したのだ。……その割には、どことなくテンションが低く見えるが。  それからすぐに顔を上げたツカサは、ニコリと笑みを浮かべる。 「じゃあ、俺もそのオムライスを食べてみようかな」 「本当ですかっ? それなら、違う種類のものを頼みませんかっ?」 「あぁ、ソースが違って二種類あるんだね。いいよ、別々のにしよう」 「ありがとうございますっ」  デミグラスソースと、ケチャップソース。違いのあるふたつを頼んでから、カナタはルンルンと料理が届くのを待つ。  出された水を飲みながら、ツカサは隣に座るカナタを見た。 「なんだか上機嫌だね。このお店、そんなに好きなの?」 「そうですね。マスターさんの家に引っ越す前までは家族でよく来ていたので、なんだか少し懐かしい気分です」 「へぇ。地元ってそういうものなんだ」 「……ツカサさんは、好きな店とかなかったんですか?」  水の注がれたコップを置き、ツカサは頬杖をつく。 「あんまり思い出せない、かな。家ではほとんどコンビニ弁当かスーパーのお惣菜を食べていたけど、外食なんてしたことあったっけ。……あったかもしれないけど、誰となにを食べたのかも覚えてないや。だから、カナちゃんにとってのこのお店~みたいなものはないかも」 「そうですか……。ツカサさんが好きだった料理とか、食べてみたかったですけど……」 「俺の好きな料理はカナちゃんお手製のカレーだよ?」 「……今度また、作りましょうか?」 「ホントっ? マスターとウメには食べさせないでね?」 「えっと、善処します?」  会話をしながら、ツカサはカナタの髪を指先で弄び始める。 「ご実家に着いたら、こうしてカナちゃんに触るのも自重しなくちゃなぁ……」 「オレの部屋でなら、いいですよ?」 「それはモチロン。でも、俺は隣にカナちゃんがいるならずっと触っていたいんだよ。一分一秒、今のカナちゃんをムダにしたくない」  男にしては長めな黒髪を、ツカサは指の先で堪能するようになぞった。 「……カナちゃんのお義母様は見たことがあるけど、お義父様ってどんな人?」 「あまり表情は変わらないですけど、優しい人です。少し厳しいかもしれませんけど、それも愛情かなって」 「そっか。……ステキなご両親だね」  今度はクルクルと、カナタの髪を指に巻き始めたらしい。 「……緊張、していますか?」  どことなく様子がおかしいツカサに対し、カナタは不安気な瞳を向ける。  すると意外にも、返ってきたのは覇気のない言葉だった。 「少し? ……俺、人を騙したりいいように動かしたりするのは得意だけど、健全な人付き合いは得意じゃないから」 「あっ、えぇっと……だ、大丈夫ですよっ。オレがいますからっ! ……オレも、緊張していますけど」 「あはっ。俺たちって、どこまでいってもお揃いだねっ」  指に巻かれた髪に、ツカサはそっとキスを落とす。 「ご実家に俺を誘ってくれて、ありがとう」 「……いえ。来てくれて、ありがとうございます」  カナタは一度、ツカサの太腿に指を這わせた。  ──すき。  その一言を、指先で書くために。  

ともだちにシェアしよう!