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注文したオムライスが届くと、カナタはパァッと瞳を輝かせた。
「ツカサさんっ、ツカサさんっ。ツカサさんはどっちにしますか?」
「俺はどっちでもいいかな。……カナちゃんが好きなのはケチャップの方だよね? そっちを食べていいよ?」
「それじゃあ、後で少し交換しましょうっ。オレ、両方をツカサさんに食べてもらいたいので……っ!」
「うん、いいよ。ありがとね」
手をおしぼりで拭いた後、カナタはスプーンを手にしてオムライスを食べ始める。それを見ながら、ツカサもオムライスを食べ始めた。
「……んっ、おいしいっ。オレの大好きな味ですっ。……ツカサさんはどうです? 口に合いましたか?」
変わらずおいしいオムライスに、カナタの表情は益々輝く。
しかし……。
「……ふぅん」
対するツカサの表情は、険しいものだった。
まるで食の評論家のように難しい顔をしながら、ツカサは顎に指を添えている。ただならぬ気配だ。
それからポツリと、ツカサは呟く。
「──これなら、俺が作るオムライスの方がおいしいのに……」
スプーンを齧りつつ、ツカサはブツブツと呟いた。
「違いがあるとしたら、ソース? オリジナルの工夫があるけど、そこが勝敗の分け目になったのかな。だとしたら、俺も市販のケチャップじゃなくてもっと趣向を凝らして……」
「あのっ、ツカサさん?」
「マズくはないけど、俺のだって負けてないよ。それなのに、あんなに目をキラキラ輝かせて話しちゃってさ。……面白くないなぁ」
そこでようやく、カナタはツカサの表情が険しい理由に気付く。
──どうやらまたしても、ツカサは拗ねているらしい。
「俺の一番好きな食べ物は、カナちゃんが作ってくれたカレーなのに。それ以外に【大好き】な食べ物なんてないのにさ」
そしてその理由は、カナタがこの店のオムライスを『大好き』と言ったからだった。
事の重大さに気付いたカナタは、慌てて弁明を始めようとする。
「あのっ、ツカサさんが作ってくれるオムライスも大好きですよ?」
「俺が作るオムライス『も』ねぇ」
「うっ。えっと、お店で食べるものと家で食べるものでは【好き】の尺度が違うと言いますか……」
「俺も一応、お客様に料理を提供する立場ではあるけどねぇ」
「うぅっ」
大人げなくスプーンを齧るツカサは、完全に拗ねていた。
「まぁ、感受性豊かなところはカナちゃんの美点だよね。そこがどうしようもなく俺の心を揺さぶるけど、仕方ないよ。俺はそういう部分も込みでカナちゃんを好きになったんだからさ。……だけど、カナちゃんの好意が俺以外の誰かに分けられている状況に腹を立てる俺の気持ちも、カナちゃんには込みで好きになってもらわないとね。そうじゃないと、俺たちの関係ってフェアじゃないでしょう?」
「あの、ツカサさん……っ。えっと、オレは別に──」
「おいしいのは事実だしね。別にいいけどさ」
半ば強引に、会話が終了する。これは、全くもって良くない状況だ。
ツカサはオムライスの一口一口を、まるで研究するような重々しさで食べている。レシピを盗んでしまいそうな勢いだ。
隣で妙なモードに入ったツカサを見て、カナタはオロオロと『できることはないか』と考え始める。
……そして。
「……ツカサさん。こっちのオムライスも、食べてみませんか? そっちのデミグラスソースもおいしいですけど、ケチャップの方もおいしいですから」
「ケチャップなら俺だって──」
キョトン、と。ツカサの目が、丸くなる。それもそのはずで……。
「──ツカサさん。……あーんっ」
──カナタが珍しく、ツカサが好むような行動を自ら始めたのだから。
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