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カナタの人生を振り返ろうツアー。
……もとい、カナタにとって思い出の場所を巡るツアーに出掛けた二人は、のんびりとした時間を過ごしていた。
「ここが、オレが通っていた保育園です」
「結構新しい外観だね。建て替えたのかな?」
「確か、二年前くらいに工事をしていたような……」
「そっかぁ。じゃあ、カナちゃんが通っていた頃の保育園じゃないんだね。ちょっとザンネン」
「次に、ここが小学校です。ここは建て替えをしていないので、オレが通っていた頃のままだと思います」
「へぇ~っ! そう思うと、なんだか神秘的なパワーを感じるよっ! 拝んだらご利益あるかな?」
「小学校に向かって拝むのは、ちょっと……」
「確かに、どうせなら投げ銭もした方がいいよね。……って、あっ! カナちゃん、どうして俺の財布を奪うのっ? ねぇ、カナちゃんっ!」
「ここが中学校ですね。特別面白い思い出はないので話せませんが、小学校よりも家から近かったので『ラッキーだなぁ』とは思っていました」
「おぉ~っ、ここが! 財布はまだ返してもらってないから参拝できないけど、せめて記念に写真を撮ろうかな。……って、えっ? どうしてスマホまで奪うのっ? これじゃあ写真を撮れないよっ。カナちゃん~っ!」
「最後に、ここが高校です。天気がいい日は自転車で通学していたのですが、ギリギリ徒歩圏内なので通学には困りませんでした」
「財布もスマホも取られちゃったし、俺にできることがなにもなくなっちゃったよ。だけど、ここでカナちゃんは将来に対して不安を抱えたり、多感なお年頃を過ごしていたりしたんだよねっ。そんな高校には、そっと手土産を奉納させていただこうかと──あれぇっ? また没収? もしかしてカナちゃん、建物にヤキモチ? ふふっ。モチロン、過去のカナちゃんも好きだけど、今のカナちゃんが一番好きだよ。その証明に、キスでもする?」
「──母校に対して参拝や奉納をするのはおかしいんですってば!」
……のんびりとした時間を、過ごしていたはずなのだ。
相変わらずカナタ関連だと思考回路が予測不能な方向へと加速していくツカサから、カナタは色々な物を没収した。
母校と呼べる場所全てを案内した後、カナタは眉を寄せつつアスファルトの上を歩く。
「まったく、ツカサさんは。これじゃあまるでストーカーですよ」
「えぇっ! スッ、ストーカーッ? それは不名誉だよ、カナちゃん! 俺はちょっと恋人の過去を断片的だとしても保有しようとして、ここまでカナちゃんを健やかに育ててくれた建物に感謝の意を捧げようとしただけなのに! 学校のホームページとかを遡って、カナちゃんの写真がないかなぁとか考えているだけなのに! いじらしい男だよ、俺はっ! むしろこの親のような愛情に惚れ直してほしいくらいなのにっ!」
「分かりました、分かりましたよ。じゃあ、家に帰ったらアルバムを見せます。なので、ストーカーまがいの行為はやめましょう?」
「また『ストーカー』って言った! しかも、どうして俺は恋人から憐れみの目を向けられているのっ?」
財布などの没収した物をツカサに返しつつ、カナタは呆れたような目を向けている。その目を見て、ツカサはまたしてもガーンとショックを受けるのだった。
徐々にではあるが、カナタはツカサの異常性に慣れてきたのかもしれない。旦那を尻に敷く妻の気持ちが、少しだけ分かったような気もしている。
カナタはツカサを連れて、小さな公園を目指す。あまり外で遊んだ経験はないが、ツカサが行きたがっているので念のためだ。
「だけど、ここは穏やかでステキな街だね。歩いているだけで、そうした雰囲気が伝わってくるよ。カナちゃんが真っ直ぐないい子に育つのも納得だね」
「雰囲気だけで、そういうのって分かりますか?」
「なんとなくね。少なくとも、俺がいた街はもうちょっと暗い感じ。……幼少期の思い出が、そうした印象操作をしているだけかもしれないけど」
ツカサは笑みを浮かべて、隣を歩くカナタを見る。
「案内してくれて、ありがとう。凄く嬉しい」
無邪気に笑うツカサを見て、カナタは不思議な気持ちになった。
ツカサが過ごしてきた幼少期を、カナタは知らない。それこそ断片的に教えられてはいたが、全てを把握したわけではなかった。
それでも──だからこそ、ツカサはこうした【普遍的な日常】を知りたかったのだろうかと。カナタは頭の片隅で、そんなことを考える。
……それに、お礼を言いたいのはカナタの方だった。
夢を持っていなかったカナタにとって、普段見る街の景色はなんてことないものだ。母校も、通学路も……なにひとつ、特別なことはない。
そうしたものが、ほんの少しだけ【特別】の色を帯びたのは……間違いなく、ツカサのおかげだった。
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