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 突然の、提案。  カナタはギョッと驚いた後、ツカサを見つめた。 「突然、ですね? あの、オレ、なにかしちゃいましたか?」 「そういうワケじゃないけど、俺たちって結婚するでしょ? 敬語のカナちゃんも可愛くて大好きだけど、そろそろ特別感を増やしてもいいのかなぁって」 「だから、敬語を抜くと?」 「うん、そうっ。ついでに、呼び方も変えてみない? 呼び捨てでもいいし、愛称でもいいよ?」  次々と飛んでくる予想外な提案に、カナタは驚きから表情を変えられない。 「えぇっ! いっ、いきなりハードルが高すぎますっ!」 「そうかな? 俺たち、年上とか年下とか……そういうのを超越した関係性だとは思うけど?」 「そっ、それはっ。オレも、そうだといいなって思いますけど……っ」  敬語を抜くだけでも難しいのに、呼び方まで変えるなんて。嫌とかではなく純粋に難しいオーダーだなと思い、カナタはオロオロと戸惑う。  しかしカナタを組み敷くツカサは、眉尻をそっと下げた。 「でも、ヤッパリずっと『ツカサさん』はちょっと距離を感じちゃうよ。そういう愛の形もいいと思うけど、俺はもっとカナちゃんと距離を詰めたい」  思わず、カナタは息を呑んでしまう。こうして落ち込んだような顔をされると、カナタは弱いのだ。  どことなく気まずそうに、カナタは左右を見た。鍵を閉めているのだから、ツカサ以外の誰かがいるわけではないのだが……。  それから、すぐに。 「──ツカサ、くん?」  カナタは上目遣いのように視線を送りながら、愛しい人の名を口にした。  落ち込んでいたツカサの表情が、パッと色を取り戻す。 「わぁ~っ、新鮮っ! 結構嬉しいかもっ! ねぇっ、もう一回呼んでっ?」 「ツカサ君。……えっと、違和感が凄い、です……っ」 「可愛いっ! ねぇ、もう一回っ!」 「ツっ、ツカサ君……っ。そっ、そんなに求められると、さすがに少し恥ずかしい、です……っ」  圧倒的、ご満悦。ツカサは心底嬉しそうにはしゃぎながら、カナタのことを力いっぱい抱き締める。 「俺の恋人メチャメチャ可愛いっ! あ~っ、どうしようっ! 他の人にこの『ツカサ君』を聞かせたくないっ! だけど人前でもそう呼んでほしいっ! 俺がカナちゃんの男だってマウントを取ってほしいよっ! だけど俺だけの『ツカサ君』にしたい~っ!」 「ちょっと、あのっ。くっ、苦しいですっ、ツカサさ──ツカサ、くんっ」  慌てて呼び名を変えるも、敬語はなかなか抜けない。  ツカサは顔を上げて、カナタをジッと見つめた。 「敬語も抜いてほしいけど、難しそう?」 「なかなか、すぐには……」 「じゃあ【敬語を遣うたびにキスをする】っていう罰ゲーム付きならどう? 人前であろうと、なかろうと。……恥ずかしがり屋なカナちゃんにピッタリじゃない?」  どうやら、なんとしてでも敬語を抜かせたいらしい。こうなったツカサは、かなり強情だ。  決して、距離を開いていたつもりではない。ただ出会いが【年上の少し怖いお兄さん】だった手前、敬語からスタートしただけで……。  楽しそうにしているツカサを見上げて、カナタは『困ります』と言おうとした。  ……しかし、すぐに言葉を変える。 「──オレが【キスしてほしさ】にわざと敬語を遣うとかは、考えないんですか?」  どういった展開であれ、今は恋人と二人きり。そして、ベッドの上でありながら、好きな相手と至近距離で見つめ合っている状態だ。  恋人のオーダーを叶えたい気持ちもあるが、それよりも持て余した熱をどうにかしたい。……意外にもカナタは、自分の欲望に素直な男だった。

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