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11.5章【そんなにモテないで】 1

 今回は、珍しく。 「──むっすぅう……っ」  ──分かり易いほどにふくれっ面なカナタから、物語が始まるのであった。  時刻は、夕食時。頬を膨らませて『怒っています』とアピールしているカナタを見て、マスターは声を潜めた。 「のっ、のう、ウメ? ワシの頭がおかしくなければ、視覚からの情報は正しいということになってしまうのじゃが……あそこでほっぺたをパンパンに膨らませているのは、カナタか?」 「アンタの頭がおかしくないかどうかは置いておくけど、あれは間違いなくカナタだね。リスみたいにほっぺたがパンパンなカナタだね」 「ツカサじゃなくて、カナタなのか? あそこで露骨に拗ねているのは、あんなにも分かり易く腹を立てているのはツカサじゃなくて、ほんっとうにカナタなのかっ? これが事実ならば、大問題ではないかのうっ?」 「子供っぽい拗ね方をツカサ──二十歳も超えた男がするのもなかなか問題ではあるけど、間違いじゃないよ。あれは間違いなく、アタシたちにとって癒しマスコット的存在であるべきはずのカナタだよ」  ヒソヒソと、夫婦は状況の確認。やはりどれだけ話し合っても、ご立腹状態なのはツカサではなく、カナタだった。  ……ちなみに、噂のツカサはと言うと……。 「カナちゃんっ、カナちゃんっ? えっと、プリンを作ったよ? ほら、クリームも乗せたし、サクランボも乗せたよ? 可愛いよね、おいしそうだよね? だから、そのっ、笑ってほしいなぁ……なんて?」  絶賛、恋人兼婚約者の機嫌を取ろうと必死だった。  完全に、いつもとは立場が逆。『中身でも入れ替わったのか』と疑ってしまうほど、普段の四人──と言うより、二人とは違いすぎる状況なのだ。  大好きなツカサから、おいしそうなプリンを差し入れられる。皿のデザインも可愛らしく、どこからどう見てもカナタ好みの完璧なプリンだ。  しかし……。 「──今はツカサさんが作ったものを食べたくありませんっ!」 「「「──そんなッ!」」」  プンプン状態のカナタは、ツカサからプイッと顔を背けたのであった。  思わずシンクロする、カナタを除く三人の声。  マスターは『ワシなら絶対食いつくのにっ!』という、驚愕と羨望。  ウメは『あのカナタが人からの好意を無碍にするなんて!』という、驚愕と好奇心。  ツカサは『そんなッ!』という、驚愕と驚愕。  三者三様な驚愕を聞いてから、カナタはバンッとテーブルを叩き、立ち上がった。 「今日はもう部屋に戻りますっ!」 「「「ちょっと待ったッ!」」」  即座に、三人はカナタを引き留めようと口を開く。 「カナタがいなくなったら誰があの悪鬼の相手をすると言うのじゃッ! ワシとウメが見るも無残な肉塊になったらどう始末をつけてくれるのじゃッ、カナタァアッ!」 「アンタがいなくなっちゃったら、この面白すぎる展開をリアルタイムで見られないじゃないかいッ! どうせ明日の朝にはすっかり仲直りしてあの悪鬼とイチャイチャするなら、今くらい面白おかしくファイトしておくれッ、カナタァアッ!」 「せめてっ、せめてどうして怒っているのかだけでも教えてくれないかなっ! 俺、なんでもするからっ! やかましいあの二人を『殺せ』って言うなら俺はすぐに手を下すよッ、カナちゃぁあんッ!」 「「──この悪鬼がッ!」」  騒ぐ三人を振り返るために、カナタは一度だけ足を止める。  そして、ピシャリと言い切った。 「──三人で仲良くしたらいいじゃないですかっ!」 「「「──ッ!」」」  まったくもって、ド正論。  怒っていても、カナタは平和主義者だった。  

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