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カナタのモヤモヤとヤキモチを、ツカサは『些事』と言いのけた。
それがどうしても腑に落ちないカナタは、閉店時間を過ぎ、後片付けを終えた今も……。
「ツカサさんの馬鹿っ! 分からず屋っ! モテモテ男っ!」
絶賛、憤慨中だった。
マスターから貰ったモグラのぬいぐるみをギュッと強く抱き締めつつ、カナタは一人きりの部屋で文句を言う。
「確かにツカサさんからしたら、女の人に好かれちゃうのは日常茶飯事だよ。でも、だからってあの言い方はないよねっ! オレ、こんなに『嫌だな』って思ってるのにっ! ねぇ、モグラ君もそう思うよねっ? ……思うよねっ!」
グリグリと、モグラの頭に頬擦りをする。そんなことをしたところで、ぬいぐるみは返事をしないが。
ひとしきり文句を言った後、カナタはゴロリとベッドの上に寝転がる。
「……分かってる、けどさ。ツカサさんが言っていたのは、女の人からの気持ちに対してだって」
当然、カナタは分かっていた。ツカサが一刀両断したのは【カナタが抱いている不愉快さ】ではなく、自身に向けられた【好意】だと。
それでも、カナタは腹を立ててしまったのだ。人の気持ちを、そんなふうに言いのけてしまう姿に。
浮気の心配がないからと言って、ツカサの発言は容認できない。渡してほしいと言われたメモを拒否しているのはカナタたちだが、それでもツカサだけはその好意を無碍にしてはいけないのだ。
「あぁもうっ! お腹空いたっ!」
カナタはモグラのぬいぐるみを強く抱き締めて、ベッドの上を転がる。習慣としてダイニングには向かったが、カナタは出された食事を意地で突っぱねてしまったのだ。
グゥと腹の虫が鳴ると、カナタは空腹状態によるイライラも加算され、ますます腹を立ててしまう。……自業自得この上ない、負のスパイラルだ。
「……今日の晩ご飯のハンバーグ、おいしそうだったなぁ」
ポツリと呟くと、またしても腹の虫が鳴る。まるでぬいぐるみとは違い、返事をしているかのようだ。
髪をボサボサにしたカナタは、部屋の扉を眺める。
「でも、ちょっと大人げなかったよな……」
せっかく作ってくれた夕食を断り、カナタの機嫌を取ろうと必死だった三人に悪いことをしてしまった。カナタの良心が、チクチクと痛み始める。
おそらく、マスターとウメには素直な謝罪ができるだろう。……ツカサに対してはまだ、難しそうだが。
それでも、きちんと三人に謝らなくてはいけない。そう思いながらも、カナタはベッドから起き上がれなかった。
「マスターさんも、ウメさんも、ツカサさんも……怒った、かな」
イライラは徐々に収束していき、次第に申し訳なさが我が物顔で闊歩し始める。カナタはため息を吐き、理由もなく扉を眺め続けた。
……その時だ。
「──カナちゃん、入ってもいい?」
控えめなノックの音と共に、ツカサの声が聞こえたのは。
慌てて、カナタは扉に背を向ける。まだ、ツカサと顔を合わせられそうにないからだ。
意地悪く無視をしてしまう自分に自己嫌悪をするも、適切な単語が出てこない。カナタはぬいぐるみを抱き締めたまま、口を噤んだ。
すると、恐る恐るといった様子で扉が開かれる。
「……カナちゃん? 寝ちゃった、の?」
ツカサは扉を開き、そのままカナタの部屋に入った。
当然、意地を張っているカナタはツカサに素っ気ない言葉を投げてしまう。
「『入っていい』なんて返事、オレ、してないです」
「あっ。ごっ、ごめんね、カナちゃん。でも、心配で……っ」
ふわりと、いい香りがカナタの鼻腔をくすぐる。
「お腹、空いたでしょ? 晩ご飯、ちょっとでも食べてくれたら嬉しいな……と、思って」
カナタが突っぱねた夕食を、どうやらツカサは運んでくれたらしい。
先ほどからカナタ以上に素直な腹の虫が、まるで『待っていました!』とばかりにグゥと鳴った。
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