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 それから、数分後。 「……というわけで、オレは怒っています。分かってくれましたか?」 「はい。分かりました」  ベッドに座ったカナタは、床で正座をしているツカサをジロッと睨んだ。  食事を終えた二人は、まるで主従かのように地位の違いを感じられる態度を見せている。  カナタが怒っている理由をきちんと理解したツカサは、すぐに顔を上げた。 「カナちゃん、ごめんねっ? だけど、違うんだよっ。俺はカナちゃんが落ち込んでいるのとか、怒っているのを『些事』って言ったわけじゃないんだっ。俺にとってカナちゃん以外からの評価は等しく無価値なんだよっ。だから、そういう意味で『些事』って言ったわけで──」 「──ツカサ君っ! 正座っ!」 「──逆らえないっ!」  立ち上がろうとしたツカサを睨んだまま、カナタは床をピシッと指で指す。すぐにツカサは姿勢を正して、思わず見惚れてしまいそうなほど美しい正座をする。  しょんぼりと落ち込みながらも正座をするツカサは、やはり絵になった。情けない話だが、カナタは今のツカサを見ても『好きだな』と思ってしまう。  だが、今は素直にイチャイチャをしている場合ではない。心の片隅では『そろそろハグをしたいでしょう?』と囁く悪いカナタもいるが、そんな場合では断じてないのだ。 「カナちゃんに触れないなんて、どんな拷問よりもつらいよ……っ。せめて抱き締めさせてほしい……っ」  今にも泣き出しそうな目で慈悲を願っているツカサに、ときめいている場合でもない。  カナタはまたしてもプイッと顔を背け、ツカサを視界から消す。 「今日のオレはいつもみたいに単純じゃないですからねっ。ちょっとやそっとのことでは機嫌を直しませんっ」 「そんなっ、カナちゃんは単純なんかじゃないよっ? ただ、世界で一番優しい子なだけ!」 「……っ」  早くも揺らぐ、カナタの決意。  ……そもそも既に、カナタがツカサを怒る理由は疾うに消えているのだ。  ツカサの【他人】に対する価値観は問題ではあるが、きちんとカナタには謝罪をしてくれた。これ以上、カナタが憤る理由はない。  ただ、振り上げた心の拳をどうすればいいのか。普段から人に対してあまり怒らないカナタは、怒りの終わらせ方が分からなくなってしまったのだ。  だがここで、ツカサに『赦します』と言ってはいけない気がする。単純な男だと思われたくないからだ。  カナタは腕を組み、正座を続行しているツカサを見下ろす。 「……ひとつ。対策を提案してもいいですか」 「うん。なんでも言って?」  顔を上げて、ツカサはカナタを見つめる。依然として、子犬のような目だ。直視していると、すぐに『おいで』と言いたくなる。  カナタはそれでも組んだ腕を解かず、まるで威厳を放とうとするかのようにムンと胸を張りながら、カナタにしては重々しい声で【提案】を言い放った。 「──次からは『あの人はオレの彼氏だから駄目です!』って言ってもいいですかっ!」  丸くなる、ツカサの目。  ……それから、数秒後。 「──むしろ、是非……?」  ツカサは小首を傾げつつ、カナタの提案に対してそんな気の抜ける返事をした。  その顔には『断る理由はいったい、どちらに?』と書いてある。ツカサからすると、当然だろう。  しかしカナタは、妙に満足そうだ。 「よろしいです。なら、このことで怒るのは今日だけにしますね」  こんなふうに、ハッキリと提案ができるとは。  恋人の成長をまざまざと食い入るように眺めながら、ツカサは一度だけ縦に頷いた。

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